極微量の細胞サンプルから迅速で簡便なタンパク質分析を実現
細胞プロテオミクスやタンパク質構造解析のための画期的サンプル処理法の開発
質量分析は医学や農学の分野で広く利用されているタンパク質の優れた分析法ですが、生体サンプルの解析には複雑で時間のかかる前処理が必要です。本研究では、入手しやすい材料で作製できる陰イオン交換固相抽出スピンカラムを用いて、サンプル前処理の時間を大幅に短縮する方法を開発しました。この新しい信頼性の高い手法は、専門性の高い高度な実験技術が不要であり、極めて微量の細胞サンプルから再現性の高い質量分析の実施を可能にします。
近年、生体サンプル中のタンパク質成分を網羅的に調べるために、質量分析を用いたプロテオミクス研究が盛んに行われています。質量分析でタンパク質を検出するためには、細胞内に含まれるタンパク質成分を抽出し、タンパク質分解酵素で質量分析しやすいペプチドサイズに消化する必要があります。タンパク質の消化には長い反応時間が必要であり、一般的なサンプル前処理作業は20時間以上を必要とします。またタンパク質の抽出工程でよく使用される界面活性剤のドデシル硫酸ナトリウム(SDS)は、質量分析やタンパク質消化の妨げとなるために分析前に十分に除去する必要があり、SDSを除去するための煩雑な作業はしばしばサンプル損失の原因となります。これらの課題を解決するために、我々は陰イオン交換StageTipとよばれるピペットチップ内に陰イオン交換固相抽出ディスクを装填したマイクロリットルサイズのスピンカラムをタンパク質消化ツールとして使用し、迅速かつ試料の損失を抑えた画期的なサンプル前処理法AnExSP (anion-exchange disc-assisted sequential sample preparation)を開発しました。
固相抽出ディスク上にタンパク質を濃縮して処理できるAnExSPは、微量サンプルの解析に適しており、最短60分で酵素消化を完了させることが可能でした。さらに、サンプルに含まれるSDSをディスク上に保持したまま、消化されたペプチドのみをディスクから溶出する最適条件を確立することで、簡単な操作と最小限の損失でサンプル前処理を実現しました。今回、オービトラップ型質量分析計によるDIA(Data Independent Acquisition)解析と組み合わせることにより、1マイクログラムのヒト培養細胞タンパク質抽出物から約7000種類のタンパク質を検出することに成功しています。今後、小型化したStageTipを用いた前処理条件を確立することにより、近年関心が高まっているシングルセル解析にも利用できる可能性があります。
AnExSPは、タンパク質実験でよく使用されるSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)で分離したタンパク質の前処理にも利用できます。従来の前処理法と比較して、特に長鎖の消化ペプチドの検出において、優れた性能を発揮しています。本研究で我々はAnExSPとSDS-PAGEを、タンパク質複合体の化学架橋法と組み合わせることにより、目的のタンパク質複合体を簡易に精製して、従来法で困難であった長鎖の架橋ペプチドを効率的に検出することに成功しています。こうした汎用性の高さから、今後は生体試料中の微量タンパク質複合体を対象とした高感度な立体構造解析への応用が期待できます。
本研究は、愛媛大学とかずさDNA研究所の共同研究グループにより実施されたもので、研究成果は2022年1月18日に英国王立化学会のChemical Communications誌に掲載されました。
参考 URL1: https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2022/CC/D1CC05529A
論文情報
Bottom-up/cross-linking mass spectrometry via simplified sample processing on anion-exchange solid-phase extraction spin column, Ayako Takemori, Yusuke Kawashima, and Nobuaki Takemori, Chemical Communications, 58, 775-778, doi:10.1039/D1CC05529A, 2022 (January 18).
助成金等
- JSPS科研費 19K05526、20H04713
図表等
-
掲載誌のInside Cover Art
AnExSPで使用される陰イオン交換固相抽出スピンカラムの写真
credit : Reprinted with permission from Chemical Communications © 2022 Royal Society of Chemistry (RSC)
Usage Restriction : 使用許可を得てください(CC BY-NC 3.0) -
AnExSPによるサンプル前処理のワークフロー
従来法では20時間以上かかっていた前処理が、AnExSPであれば簡易な操作で5時間以内に完了
credit : Reprinted with permission from Chemical Communications © 2022 Royal Society of Chemistry (RSC)
Usage Restriction : 使用許可を得てください(CC BY-NC 3.0) -
AnExSPによる迅速酵素消化
AnExSPではヒト細胞抽出物のわずか60分で消化することが可能
credit : Reprinted with permission from Chemical Communications © 2022 Royal Society of Chemistry (RSC)
Usage Restriction : 使用許可を得てください(CC BY-NC 3.0)
問い合わせ先
氏名 : 武森 信曉
電話 : 089-960-5499
E-mail : takemori@m.ehime-u.ac.jp
所属 : 学術支援センター病態機能解析部門