非ベンゼノイド系芳香族化合物による反芳香族性の発現は可能か?

<ポイント>
・非ベンゼン系芳香族環が埋め込まれたHPHAC類縁体が合成された。
・新しく合成されたHPHAC類縁体は、多段階の酸化還元特性を示し、そのジカチオン種は大環状共役にもとづく芳香族性を示すことが明らかにされた。
・非ベンゼノイド系芳香環部をメチル化することで、「反芳香族性」の発現が示された。
<概要>
愛媛大学大学院理工学研究科の高瀬雅祥准教授、宇野英満教授らの研究グループは、非ベンゼン系芳香族化合物が埋め込まれた環拡張HPHAC (homoHPHAC) の合成に成功し、その構造解析、ならびに酸化還元や芳香族性に関する物性解明を行いました。同グループではこれまでに、ヘキサピロロヘキサアザコロネン (HPHAC) に関する研究を行い、多段階の安定な酸化還元特性や大環状共役にもとづく芳香族性の発現などの性質を明らかにしてきました。さらにHPHACの環拡張類縁体であるhomoHPHACが、安定で強い反芳香族性を示す珍しい化合物であることを報告しています。本研究では、一般に酸化還元(電子の授受)によって実現される「芳香族」⇔「反芳香族」の物性転換を、化合物内に導入した官能基の極性制御で実現することを目的として新たな分子が設計・合成されました。様々な溶媒、ルイス酸との相互作用と芳香族性について評価され、メチル化することで明確な反芳香族性の発現が示されました。
研究成果は、2022年2月14日にイギリス王立化学会誌 「Chemical Communications」 の電子版に掲載されました。

平面の環状共役化合物で環内に4n+2個のπ電子を持つ物質は芳香族化合物として知られています。一般に安定な物質であることから、プラスチックから医薬品、色素や有機エレクトロニクス材料まで、我々の身の回りで多く用いられています。一方、4n個のπ電子を持つ反芳香族化合物は安定性に欠けるため、分解するかその構造を変化させ、「反芳香族」としての性質を失った化合物として存在することが知られています。最近の研究から、反芳香族化合物が近赤外領域の光吸収や高い電荷輸送特性、酸化還元特性を示すことなどが予想されてきましたが、その報告例は限られています。

本研究グループでは、ピロールを用いて含窒素多環式芳香族化合物の一つである、ヘキサピロロヘキサアザコロネン(HPHAC)の合成とその物性解明に関する研究が行われてきました。電子豊富なピロールから構成されるHPHAC類は、酸化されやすく、その二電子酸化体(ジカチオン)は大環状共役にもとづく芳香族性を発現する、といった特徴を持っています。一般的に「芳香族」または「反芳香族」化合物としての性質は、π電子の数によって転換可能である事から、酸化還元(電子の授受)によって行うことが可能です。本研究グループにおいても、HPHACのπ拡張類縁体であるhomoHPHACが、安定で強い反芳香族性を示すことを報告しています。

今回、トロポン(トロポチオン)が埋め込まれたhomoHPHACが合成され、その構造解析、ならびに酸化還元や芳香族性に関する物性解明が行われました。トロポン(トロポチオン)は、カルボニル(チオカルボニル)基が分極し、炭素原子上に部分正電荷、酸素(硫黄)原子上に部分負電荷を有すると非ベンゼン系芳香族化合物であるトロピリウムカチオン(6π電子系芳香環)を形成することが知られています。合成された化合物の性質を詳細に調べた結果、各種溶媒やルイス酸との相互作用による反芳香族性の発現には至らなかったものの、チオカルボニル基をメチル化することで、明確な反芳香族性が観測されました。これは、メチル化に伴うトロピリウムカチオン形成が、homoHPHAC部位の反芳香族性を誘起した結果である事を示しています。

環境負荷の低減、機能制御の多様性などの観点から有機化合物をエレクトロニクス材料に用いようとする様々なアプローチが検討されています。電子の授受を行うことなく、「芳香族」⇔「反芳香族」の物性転換が可能になれば、従来にない用途への応用が期待されます。

参考 URL: https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2022/cc/d1cc07152a

論文情報

Tropo(thio)ne-Embedded HomoHPHACs: Does the Tropylium Cation Induce Global Antiaromaticity in Expanded Hexapyrrolohexaazacoronene?, Masayoshi Takase, Atsushi Ueno, Kosuke Oki, Hiroki Matsumoto, Shigeki Mori, Tetsuo Okujima, and Hidemitsu Uno, Chemical Communications, 2022, 58, 3366-3369, Doi:10.1039/d1cc07152a (February 14).

助成金等

  • JSPS科研費 JP20H02725, JP19K05422
  • 公益財団法人 高橋産業経済研究財団
  • 公益財団法人 東京応化科学技術振興財団

図表等

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    非ベンゼノイド系芳香族化合物による反芳香族性の発現は可能か?

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問い合わせ先

氏名 : 髙瀬雅祥(准教授)、宇野英満(教授)
電話 : 089-927-9612
E-mail : takase.masayoshi.ry@ehime-u.ac.jp, uno@ehime-u.ac.jp
所属 : 大学院理工学研究科