関節リウマチの病態を網羅的に制御する分子を発見

関節リウマチ新規治療標的および診断マーカーの開発に貢献

愛媛大学の佐伯法学講師(学術支援センター医科学研究支援部門、プロテオサイエンスセンター病態生理解析部門兼任)、今井祐記教授(プロテオサイエンスセンター病態生理解析部門)、星薬科大学の五十嵐勝秀教授(生命機能創成科学研究室)らの研究グループは、関節リウマチの様々な病態を抑制的に制御するエピジェネティック制御因子UHRF1を同定しました。滑膜におけるUHRF1の発現レベルは、関節リウマチ患者および関節炎モデルマウスの病状と負の相関を示しました。また、UHRF1タンパク質を安定化させる薬剤の投与が、マウスモデルおよび患者由来滑膜オルガノイドの関節炎病態を抑制することを見出しました。これらの結果から、UHRF1タンパク質の安定化が関節リウマチの新たな治療戦略となることが期待されます。

関節リウマチは、滑膜の慢性炎症をはじめとする複合的な病態により関節破壊を引き起こす代表的な自己免疫疾患です。世界的に罹患率の高い疾患であり、国内でも80万人以上の関節リウマチ患者がいると考えられています。近年、生物学的製剤や分子標的薬が使用されるようになり、関節リウマチ治療は大きく改善しました。しかしながら、これらの薬剤は高額のため社会的負担が大きいこと、免疫抑制の副作用があること、約20%の患者には十分な効果が認められないことなどの様々な問題点あり、今後の課題となっています。そこで我々は、関節炎モデルマウスおよび臨床サンプルを用いて、関節リウマチ病態に寄与する分子、特にエピジェネティック制御分子の同定とその分子メカニズムの解析を行い、同定された分子が新規治療標的となり得るか評価しました。
関節リウマチ研究に汎用される関節炎モデルマウスを作出し、網羅的な遺伝子発現パターンを解析しました。正常組織と比較して、発現変動の見られた遺伝子のうち、UHRF1が関節炎組織で最も発現上昇していることが明らかとなりました。UHRF1は細胞分裂時にDNAメチル化の維持に必須の分子として知られていましたが、関節リウマチ病態における機能は不明でした。
免疫組織染色により、UHRF1が滑膜炎組織の滑膜線維芽細胞に発現していることが判明したため、滑膜線維芽細胞特異的UHRF1欠損(cKO)マウスを作出し、関節炎を誘導しました。その結果、対照(Control)マウスと比較してcKOマウスでは滑膜増生、関節破壊、アポトーシス抵抗性など様々な病態が有意に悪化しました。
UHRF1の分子メカニズムを明らかにするため、ControlマウスとcKOマウスから滑膜線維芽細胞を採取し、RNAシーケンスとMBD2シーケンスを実施しゲノムワイドな統合解析を行いました。その結果、cKOマウス由来の滑膜線維芽細胞はサイトカイン関連や関節リウマチ関連の遺伝子(CCL20、TNFSF11、CCL5など)をコードする遺伝子座近傍のDNAのメチル化が減少し、遺伝子発現レベルが上昇していることが明らかとなりました。中でもCCL20は自己免疫疾患の増悪に関わるTh17細胞をリクルートする分子として知られていたため、解析を進めたところ、Th17細胞はcKOの関節組織内で有意に増加していることが明らかとなりました。
さらに、マウスで得られた知見がヒトに応用されるか検証するため、関節リウマチ患者および変形性関節症患者(対照群)から得られた臨床サンプルを用いて解析しました。滑膜組織のUHRF1発現は関節リウマチ患者で有意に上昇していましたが、発現レベルは患者によってばらつきが認められました。そこで、関節リウマチの疾患活動性とUHRF1発現レベルの相関を調べたところ、UHRF1発現は疾患活動性と有意な負の相関が認められました。
また、データベースを再解析すると、既存の抗リウマチ薬による疾患活動性の減少とUHRF1発現レベルに負の相関がある(UHRF1が高いほど改善効果が見られる)ことも判明しました。そこで、我々は滑膜線維芽細胞のUHRF1発現を十分に維持することが新たな関節リウマチ治療につながるのではないかと考えました。そこで、SET8阻害剤であるRyuvidineがUHRF1発現維持に効果的であることを見出し、Ryuvidineを関節炎モデルマウスおよび関節リウマチ患者由来滑膜線維芽細胞を用いたオルガノイド培養に投与したところ、関節炎病態が改善されました。
我々の研究結果から、UHRF1の発現を維持することで関節リウマチ病態を改善することが期待されます。また、UHRF1発現維持による効果は、異常な発現状態を呈する様々な遺伝子の網羅的な抑制(正常な状態に近づける)であると考えられるため、副作用、特に免疫抑制が少ない可能性があります。さらに、既存薬に対して治療抵抗性の関節リウマチ患者に有効な効果を与える可能性や、そのような患者を判別する診断マーカーになる可能性も包含していると考えています。一方で、我々の同定したRyuvidineはあくまでもUHRF1タンパク分解を仲介するSET8の阻害剤であり(実際にUHRF1以外のタンパクのメチル化修飾にも働く)、副作用出現の可能性が考えられます。今後、UHRF1のタンパク分解に直接的に働く特異的な分子を同定し、その阻害剤を見つけ、UHRF1をターゲットとした関節リウマチの創薬基盤を確立したいと考えています。

参考 URL: https://www.jci.org/articles/view/150533

論文情報

Epigenetic regulator UHRF1 suppressively orchestrates pro-inflammatory gene expression in rheumatoid arthritis. Saeki N, Inoue K, Ideta-Otsuka M, Watamori K, Mizuki S, Takenaka K, Igarashi K, Miura H, Takeda S, Imai Y.
J Clin Invest. 2022 Apr 26;e150533. doi: 10.1172/JCI150533. Online ahead of print.

助成金等

  • JSPS科研費:JP17K17929, JP19K16015(佐伯)
  • JP23689066, JP15H04961, JP15K15552, JP17K19728, JP19H03786 (今井)
  • 大阪難病研究財団(佐伯)
  • 武田科学振興財団(今井)
  • UCB研究助成(今井)
  • 日本骨代謝学会フロンティア研究助成(今井)

図表等

  • UHRF1がリウマチ患者滑膜線維芽細胞のDNAメチル化を介して病態を制御する

    UHRF1がリウマチ患者滑膜線維芽細胞のDNAメチル化を介して病態を制御する

    UHRF1の発現は、関節リウマチ患者由来の滑膜線維芽細胞で高値を示しますが、変形性関節症患者由来の細胞では高くありません。UHRF1の発現が十分ある患者の細胞では、病態を悪化させる様々な遺伝子の発現がDNAのメチル化を介して抑制されます。ところが、UHRF1の発現が十分でない場合には、これらの増悪因子が発現することで、関節リウマチの病態が悪化してしまいます。

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問い合わせ先

氏名 : 教授 今井 祐記
電話 : 089-960-5925
E-mail : y-imai@m.ehime-u.ac.jp
所属 : 愛媛大学プロテオサイエンスセンター/大学院医学系研究科