プラスチック含有成分・ビスフェノールAは母体よりも胎児により深刻な影響をもたらす

・妊娠中のビスフェノールA曝露が出産後の母ラットと新生仔に及ぼす影響を比較した。
・ビスフェノールAは、母獣の概日リズム・免疫反応・インスリン耐性に影響を及ぼした。
・しかしながら、マルチオミクスレベル(トランスクリプトーム・リピドーム)での影響は新生仔よりも母獣のほうが軽微だった。
・多変量解析により、マルチオミクスレベルでの影響を母ラットと新生仔で判別することに成功した。


愛媛大学沿岸環境科学研究センター(CMES)の環境毒性学研究室は、これまでの研究で、出生前のビスフェノールA(BPA)曝露が性・年齢依存的にラット胎児肝臓の遺伝子発現量(トランスクリプトーム)および脂質(リピドーム)組成に影響を与えることを明らかにしてきました。本研究では、妊娠中にBPAに曝露した母ラットの授乳期以降の影響を調査し、仔ラットの影響と比較しました。その結果、BPA曝露から4週間後でも、インスリンシグナル・概日リズム・免疫応答に関連する肝臓トランスクリプトームの変化がみられましたが、脂質組成にほとんど変化は認められませんでした。このことは、BPAの胎児期曝露は、成獣期の曝露よりも深刻であることを示唆しています。さらに、多変量解析ツールで肝臓のマルチオミクス(トランスクリプトーム・リピドーム)データを解析することによって、BPA曝露した母獣と仔獣の影響の違いを高い精度で判別することに成功しました。またこの解析によって、パルミチン酸および概日リズム・インスリン応答・脂質代謝に関連する遺伝子が、母獣・仔獣の2世代にわたるBPAの影響の新規バイオマーカー候補として同定されました。

ビスフェノールA(BPA)は、ポリカーボネート樹脂・エポキシ樹脂などプラスチックの原材料や、缶詰の内面塗装に用いられる人為起源化学物質です。BPAは飲料や食品に溶出し、ヒトの汚染の曝露源となり得ます。実際に、BPAは胎児を含むヒトの検体から検出されています。さらに、BPAは土壌・水・空気および野生生物も汚染しています。

愛媛大学沿岸環境科学研究センター(CMES)の環境毒性学研究グループは、0・50・5000 μg/kg体重/日のBPAを妊娠ラットへ投与し、胎児期のBPA曝露が新生仔の肝臓のトランスクリプトーム・プロテオーム・リピドームに及ぼす影響を調べました(Nguyen et al, 2020, 2021)。その結果、胎児期のBPA曝露は新生仔の性・成長依存的に脂質・ホルモンの恒常性に影響を与えることがわかりました。またBPA曝露は、新生仔の細胞周期・インスリン抵抗性関連遺伝子の発現量にも影響し、メスでは肝臓の脂質含量の低下と体重の増加が認められました。しかしながら、母ラットへのBPAの影響については未解明のままでした。

本研究では、妊娠中の BPA 曝露が母ラットに及ぼす影響を調べるために、産後 23 日目(新生仔離乳後)の母ラットの肝臓のトランスクリプトームおよびリピドームの変化を調べました。さらに、その影響を仔ラットの影響と比較しました。また、バイオマーカー探索のためのデータ統合解析ツール(DIABLO: Data Integration Analysis for Biomarker discovery using Latent cOmponents)を用いて、母ラットと出生後21日目の新生仔のトランスクリプトーム・リピドームデータを統合し、BPA曝露の影響の包括的な理解を試みました。

BPAを妊娠中に曝露した母ラットへの影響を、胎児期に曝露した仔ラットの影響と比較しました。その結果、曝露から4週間経過した時点でも、母ラットはトランスクリプトームレベルでインスリンシグナル・概日リズム・免疫応答に影響がみられました。一方、母ラットの脂質組成や体重に影響は確認されず、胎児期にBPA曝露した仔ラットの影響に比べて母ラットの影響は軽微でした。これらの結果より、子宮内でのBPA曝露は、成獣期の曝露よりも高リスクであることが示唆されました。

DIABLOにより、肝臓のトランスクリプトーム・リピドームの影響の違いから母ラットと新生仔のBPA曝露群の判別に成功しました。また、5000μg BPA/kg 体重/日 曝露群と対照群の判別精度は、50μg BPA/kg 体重/日 曝露群と対照群の判別精度よりも高く、BPAの用量依存的な影響が示唆されました。さらにBPA曝露に関連する重要な遺伝子と脂質を予測し、パルミチン酸および概日リズム・インスリン応答・脂質代謝関連遺伝子が母仔2世代にわたる BPA の影響の新規バイオマーカー候補として同定されました。本研究は、多変量解析ツールDIABLOを用いてマルチオミクスデータを統合し、妊娠中のBPA曝露が母仔に及ぼす影響を包括的に調べた初めての報告です。

本研究の結果は、2022年2月19日に国際学術誌Science of the Total Environmentに掲載されました。

参考文献
・Nguyen, H.T., Yamamoto, K., Iida, M., Agusa, T., Ochiai, M., Guo, J., Karthikraj, R., Kannan, K., Kim, E.-Y., Iwata, H., 2020. Effects of prenatal bisphenol A exposure on the hepatic transcriptome and proteome in rat offspring. Sci. Total Environ. 720, 137568. https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2020.137568
・Nguyen, H.T., Li, L., Eguchi, A., Kannan, K., Kim, E.-Y., Iwata, H., 2021. Effects on the liver lipidome of rat offspring prenatally exposed to bisphenol A. Sci. Total Environ. 759, 143466. https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2020.143466

参考 URL: http://dx.doi.org/10.1016/j.scitotenv.2022.153990

論文情報

Effects of gestational exposure to bisphenol A on the hepatic transcriptome and lipidome of rat dams: Intergenerational comparison of effects in the offspring, Hoa Thanh Nguyen, Lingyun Li, Akifumi Eguchi, Tetsuro Agusa, Kimika Yamamoto, Kurunthachalam Kannan, Eun-Young Kim, Hisato Iwata, Science of the Total Environment, 826, 153990, doi: 10.1016/j.scitotenv.2022.153990, 2022 (February 19).

助成金等

  • JSPS 科研費 基盤研究(S)26220103
  • 文部科学省 共同利用・共同研究拠点「化学汚染・沿岸環境研究拠点(LaMer)」

図表等

  • 妊娠中のビスフェノールA 曝露が出産後の母ラットと出生後の仔ラットに及ぼす影響の概要

    妊娠中のビスフェノールA 曝露が出産後の母ラットと出生後の仔ラットに及ぼす影響の概要

    上付きのアルファベット大文字はどのオミクスデータがBPAの影響を裏付けているかを示す。T:トランスクリプトミクス、P:プロテオミクス、L:リピドミクス、M:マルチオミクス解析

    credit : 愛媛大学沿岸環境科学研究センター(CMES)環境毒性学研究室
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問い合わせ先

氏名 : 岩田 久人
電話 : 089-927-8172
E-mail : iwata.hisato.mz@ehime-u.ac.jp
所属 : 愛媛大学沿岸環境科学研究センター