ニホンザル胎仔の脳からポリ塩化ビフェニル(PCB)およびその代謝物(OH-PCB)を検出!

妊娠初期のニホンザル胎仔において確認された汚染物質の脳移行はヒト胎児における脳移行性を予測する

近年、ポリ塩化ビフェニル(PCBs)の代謝物であるOH-PCBsは脳神経発達への影響が疑われており、ヒトでは発達障害と胎児期におけるPCBs摂取の関連が指摘されています。愛媛大学沿岸環境科学研究センター化学汚染毒性解析部門の野見山桂准教授らの研究グループは、野生のニホンザル(Macaca fuscata)を対象に妊娠初期・中期・後期におけるそれぞれの胎仔の脳中からOH-PCBsを検出しました。霊長類の胎仔の脳組織中からOH-PCBsの検出は世界で初めてとなります。とくに妊娠初期の段階で胎仔への汚染物質の移行量に著しい上昇が認められことから、初期胎仔発達段階におけるOH-PCBsの特異的な移行期間の存在が示唆されました。本成果は2020 年8月11日、環境科学分野で高く評価されている国際学術誌Environmental Science & Technologyにオンライン掲載されました。

PCBsの代謝生成物である水酸化PCBs(OH-PCBs)の一部は、甲状腺ホルモン輸送タンパクと結合することで、甲状腺ホルモンの恒常性を撹乱することが疑われています。またOH-PCBsは甲状腺ホルモン輸送タンパクと結合することで血液胎盤関門を通過して胎仔へ移行し、血液脳関門を通過して脳神経系へ移行・到達することが推察されます。とりわけ胎仔・乳仔期は脳神経系の発達が著しいことに加え、化学物質に対して高い感受性をもつことから、脳内甲状腺ホルモンの撹乱による神経発達への悪影響が懸念されます。 

近年、ヒトでは学習障害・注意欠陥多動性障害など脳発達障害の増加が危惧されており、脳神経系発達が著しい胎児・幼児期でのOH-PCBs曝露は、その原因の一つとして指摘されています。そのため、胎児・幼児期におけるOH-PCBsの体内挙動解明とリスク評価が求められていますが、胎児に関するOH-PCBsの分析事例は少なく、霊長類ではヒト臍帯血の報告例があるものの、胎児組織を対象としたOH-PCBs研究の報告は皆無でした。今回、野生のニホンザルを対象に、妊娠初期・中期・後期における胎仔の脳・肝臓、および胎盤を対象にPCBsおよびOH-PCBsの分析に取り組みました。

分析に供試した全ての脳・肝臓・胎盤試料からOH-PCBsが検出され、ニホンザルの胎盤を介した母子間移行が明らかになると共に、発達の極初期段階(胚期)から脳に移行・残留することが示されました。とくに、胚仔期から中期胎仔期の間で汚染物質の移行量に著しい上昇が認められ、初期胎仔発達段階における化学物質の特異的な移行期間の存在が示唆されました。脳中濃度レベル(7.2-32 pg/g wet wt.)は、先行研究で報告されている脳神経細胞発達抑制濃度と同程度あるいは超過しており、脳へ移行したOH-PCBsによる神経発達影響が危惧されます。

以上の結果から、感受性が高く発達の著しい初期発生段階の胎仔に対するOH-PCBsの潜在的なリスクが懸念されます。ニホンザルで得られた本研究の結果は、よりPCBs汚染レベルの高いことが推察されるヒト胎児においても類似の移行・蓄積が起きていることを強く示唆するもので、脳神経系へ及ぼす影響の評価が求められます。

参考 URL: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.est.0c01805

論文情報

Mother to fetus transfer of hydroxylated polychlorinated biphenyl congeners (OH-PCBs) in the Japanese macaque (Macaca fuscata): Extrapolation of Exposure Scenarios to Humans, Kei Nomiyama, Yusuke Tsujisawa, Emiko Ashida, Syuji Yachimori, Akifumi Eguchi, Hisato Iwata, Shinsuke Tanabe, Environmental Science and Technology, doi.org/10.1021/acs.est.0c01805

助成金等

  • 日本学術振興会 科学研究費助成事業(科研費)基盤研究(S) 26220103
  • 日本学術振興会 科学研究費助成事業(科研費)基盤研究(B) 16H02989
  • 日本学術振興会 科学研究費助成事業(科研費)挑戦的研究(萌芽) 19K22933
  • 文部科学省 共同利用・共同研究拠点「化学汚染・沿岸環境研究拠点(LaMer)

図表等

  • ニホンザル胎児の発達段階とOH-PCBs濃度の変化

    ニホンザル胎児の発達段階とOH-PCBs濃度の変化

    ニホンザル胎児の発達段階に伴う脳・肝臓・胎盤中のOH-PCBs濃度変化(pg/g 湿重量当り)

    credit : ニホンザル胎児の発達段階に伴う脳・肝臓・胎盤中のOH-PCBs濃度変化(pg/g 湿重量当り)
    Usage Restriction : 使用許可を得てください

問い合わせ先

氏名 : 野見山 桂
電話 : 089-927-8196
E-mail : nomiyama.kei.mb@ehime-u.ac.jp
所属 : 沿岸環境科学研究センター