環境DNA技術により海底堆積物から過去300年にわたる魚のDNAを発見!

魚の個体数変動が堆積物中のDNA量から捉えられることを世界で初めて検証、堆積物DNAによる地球上のあらゆる大型生物の長期動態の解明に期待

愛媛大学 加 三千宣准教授、兵庫県立大学、神戸大学、産業技術総合研究所との共同研究グループは、環境DNA技術を駆使して大分県別府湾の過去300年前までさかのぼる海底堆積物から魚類DNAを発見し、魚の個体数変動が堆積物中のDNA量から捉えられることを世界で初めて検証することに成功しました。この成果は、Springer Nature出版誌の「Communications Biology」で2020年10月8日に公表されました。本研究で用いた堆積物DNA技術が他の地域にも適用されれば、いまだ地球上のほとんどの大型生物種でわかっていない個体群の長期動態の解明につながると期待されます。

大分県別府湾で採取された約100cmの柱状海底堆積物試料について定量PCR法により魚のDNA量を分析しました。その結果、堆積物からカタクチイワシ・マイワシ・マアジのDNAが検出され、300年前から現在までの海洋の堆積層中に魚のDNAが存在することが明らかとなりました。また、そのDNA量の時系列変化は、数十年から数百年スケールで有意な変動を示し、漁獲量変化と良い対応関係を示すことが明らかとなりました。この結果は、堆積物DNA技術が、魚の個体数の長期動態を解明する上で有効であることを示唆しています。

今後、こうした堆積物DNA技術は21世紀の大型生物モニタリングを支える有用な技術として世界中で利用されることが期待されます。さらに、過去の気候変動や人為撹乱による環境変動に対する生物の応答を詳しく調べることで、より確かな生物種の動態予測、生態系変化予測につながることが期待されます。

【背景】
地球上の脊椎動物など大型生物の個体群の動態の解明は、種の進化や絶滅、気候変動や人為撹乱に対する応答に対する理解、生物種の保全策にとって不可欠である。これまで生物学的モニタリングによってその個体数について明らかにされてきた。しかし、そうしたモニタリングデータは長いものでも100年前まで遡れる程度で、モニタリング以前の過去数百年、数千年という時間スケールの記録はない。一方、そうした長い時間スケールの個体数変動を記録している堆積物記録は、そのほとんどは湖や海の魚記録で、海では過去1000年を超える個体数変動記録は7分類群のみである。また、これらの記録が得られる水域もごく限られる。すなわち、地球上のほとんどのマクロ生物の個体群の長期動態は、いまだ謎に包まれているのが現状である。本研究では、過去の魚の動態解明に今後期待が寄せられる堆積物中の環境DNAに着目し、日本列島周辺の有用浮魚類を対象に堆積物中にDNAが存在するかどうか、魚の個体数変動を推定する方法としての堆積物DNA技術の有用性について検討した。

【研究内容】
大分県別府湾で採取された約100cmの柱状海底堆積物試料を1cm間隔でスライスし、得られた湿潤試料を市販キットで精製した後、種特異的プライマーを使って定量PCR法によりDNAを定量した(下図)。その結果、堆積物からカタクチイワシ・マイワシ・マアジのDNAが検出され、300年前から現在までの海洋の堆積層中に魚のDNAが存在することが明らかとなった。また、そのDNA量の時系列変化は、数十年から数百年スケールで有意な変動を示し、漁獲量の記録との良い対応関係が認められた。さらに、過去300年間の魚鱗枚数との有意な関係も明らかになり、堆積物中の魚のDNA量が長期的な魚の個体数変動を反映していることがわかった。間隙水、魚鱗、魚骨、魚のペレット(糞)にDNAはほとんど含まれず、大部分は細粒サイズの粒子にDNAが吸着含有していることもわかった。これらの結果は、堆積物のDNAを使って、魚の個体数の長期動態が復元できることを示唆している。

【今後の展望】
環境DNA技術は、近年比較的簡便・迅速且つ低コストの生物モニタリング法として有効性が認められ、世界各国の生物モニタリング手法としてスタンダードとなりつつある。しかし、こうしたモニタリングも始まったばかりで、そのデータ蓄積は10年にも満たない。しかも、そうした画期的なモニタリング技術も多くの研究者がいる欧米で国内の広域をカバーできても、地球上のすべてを網羅するには限界がある。一方で、堆積物DNAは、安定的に泥が堆積する水域があれば、その堆積物柱状試料から、100年分、1000年分の生物モニタリング情報が即座に得られることが期待される。しかし、堆積物中のDNA量が生物量や個体数を反映しているかについては明らかになっていなかったために、これまでの堆積物DNA技術は大型生物のモニタリングに利用されることはなかった。本研究が示した結果は、個体群の生物量・個体数の長期動態の情報が長期保存されている堆積物柱状試料が得られれば、環境DNAによるモニタリングが始まる以前の生物情報だけでなく、これまでモニタリングでカバーできなかった地域の生物モニタリング情報の取得を可能にすることを示唆している。今後、地球上のマクロ生物の動態把握に、堆積物DNAが21世紀のモニタリングを支える有用な技術として期待される。さらに、過去の気候変動や人為撹乱による環境変動に対する生物の応答を詳しく調べることで、より確かな生物種の動態予測、生態系変化予測につながることが期待される。

論文情報

Michinobu Kuwae, Hiromichi Tamai1, Hideyuki Doi, Masayuki K. Sakata, Toshifumi Minamoto, and Yoshiaki Suzuki (2020) Sedimentary DNA tracks decadal-centennial changes in fish abundance. Communications Biology, doi: 10.1038/s42003-020-01282-9, (2020) October 8.

助成金等

  • 日本学術振興会科学研究費補助金 挑戦的萌芽研究 「堆積物中の環境DNAを用いた浮魚類の個体数復元に関する研究」 研究代表者 加 三千宣 (課題番号:18H01292)
  • 日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究 (B)(一般)「沿岸堆積物コアでの環境DNAメタバーコーディングによる近過去魚類群集の復元」 研究代表者 土居秀幸 (課題番号:22340155)
  • クレスト(課題番号:JPMJCR13A2)
  • 公益財団法人アサヒグループ学術振興財団環境研究助成 「浮魚類の環境DNAによる個体数復元に関する古海洋学的研究」 研究代表者 加 三千宣

図表等

  • 堆積物DNA分析のイメージ

    堆積物DNA分析のイメージ

    左は、研究に使われた堆積物コアの写真とある層のサンプルのDNA濃度、右は復元されたDNA濃度の時間変化を示す。堆積物DNAにより、10年から100年スケールの魚の個体数の変化が捉えられている。

    credit : 加三千宣(愛媛大学沿岸環境科学研究センター)
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問い合わせ先

氏名 : 加 三千宣
電話 : 089-927-9654
E-mail : mkuwae@sci.ehime-u.ac.jp
所属 : 沿岸環境科学研究センター