質量分析による迅速タンパク質定量法の開発
微量臨床サンプルからウイルスやバイオマーカータンパク質を迅速かつ高感度に検出
近年、タンパク質を高感度に計測できる質量分析の手法を、バイオマーカー診断に応用する取り組みに関心が高まっています。しかし質量分析を用いて臨床サンプルに含まれる微量なマーカータンパク質を検出するためには、現状では24時間以上の煩雑なサンプル前処理が一般に必要であり、診断応用の実現にはサンプル前処理のさらなる迅速化が必要です。本研究では可溶性ポリアクリルアミドゲルを用いた新規ゲル電気泳動技術を開発し、質量分析のためのサンプル前処理を約5時間で完了することに成功しました。開発技術は質量分析によるウイルスの迅速検査にも応用できると考えられます。
質量分析は生体サンプル中のターゲット分子を高感度かつ高精度に計測できる優れた分析手法であり、近年ではバイオマーカー検査においてイムノアッセイの代替法としての利用に関心が高まっています。しかし血清や血漿のような臨床サンプルでは、アルブミンに代表される高含有量のタンパク質成分が測定の障害となるため、質量分析による微量タンパク質成分の検出は極めて困難な課題です。一方、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動法(SDS-PAGE)は、容易な操作で生体サンプルから抽出した複雑なタンパク質成分を分離できる手法であり、質量分析で微量なタンパク質成分を検出する際の前処理によく使用されています。しかしSDS-PAGEで分離したタンパク質は、ポリアクリルアミドゲル内部に捕獲されているため、ゲルからの回収にはトリプシンによる20時間以上の煩雑な消化処理を行う必要があります。そのため質量分析とSDS-PAGEによる迅速バイオマーカー検査の実現には、ゲル内消化時間の大幅な短縮が不可欠です。
本研究では、こうした課題を解決するためにN,N’-Bis(acryloyl)cystamine (BAC)を架橋剤として用いた可溶性ポリアクリルアミドゲルに着目しました。BAC架橋ポリアクリルアミドゲルは還元処理により容易に溶解するため、SDS-PAGEで分離したタンパク質を溶液中に損失なく回収することができます。我々は、BACゲルから回収したタンパク質を迅速にトリプシン消化するための反応条件を最適化し、質量分析のためのハイスループットなサンプル前処理法であるBAC-DROP法(BAC-Gel Dissolution to Digest PAGE-Resolved Objective Proteins)を開発することに成功しました。
BAC-DROPによる血清サンプルの前処理は約5時間で完了し、質量分析を用いて微量血清サンプル(0.5 μL)から炎症性バイオマーカーCRPを高感度に定量することが可能でした。また本研究では血清サンプルに含まれるB型肝炎ウイルス抗原の定量解析にも成功しています。新型コロナウイルスのケースに代表されるように、質量分析によるウイルス感染症検査への関心が急速に高まっていますが、本研究で示したBAC-DROPによるハイスループットなサンプル調製法は、B型肝炎ウイルスだけでなく他のウイルスの解析にも適用できる可能性があります。
本研究は、愛媛大学、浜松医科大学、北里大学の共同研究グループにより実施されたもので、研究成果は2020年12月24日に米国化学会のJournal of Proteome Research誌のオンライン版に掲載されました。
参考 URL1: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.jproteome.0c00749
論文情報
BAC-DROP: Rapid Digestion of Proteome Fractionated via Dissolvable Polyacrylamide Gel Electrophoresis and Its Application to Bottom-Up Proteomics Workflow.
Takemori A, Ishizaki J, Nakashima K, Shibata T, Kato H, Kodera Y, Suzuki T, Hasegawa H, Takemori N.
J Proteome Res. 2020 Dec 24. doi: 10.1021/acs.jproteome.0c00749.
助成金等
- 日本学術振興会 科学研究費助成事業 新学術領域研究(研究領域提案型) 20H04713
- 日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C) 16K08937, 19K05526
- 日本学術振興会 科学研究費助成事業 挑戦的研究(萌芽) 17K19926
- 日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(B) 17H02206
- 日本医療研究開発機構 JP17ek0109104, JP20ek0109360, JP19fk0310102, JP19fk0310103, JP19bk0104090h0001
図表等
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BAC-DROP法を用いた質量分析による血清マーカータンパク質の迅速解析
可溶性BAC架橋ゲルを用いることで、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動で分離したタンパク質バイオマーカーの迅速かつ損失のない回収が可能となり、質量分析による解析が容易になる
credit : Journal of Proteome Researchの許可を得て掲載。© 2020 American Chemical Society
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