「平面&曲面」ピロール縮環アザコロネン

3次元構造がもたらすπ電子機能への影響

平面、両凹面をもつ2種類のピロール縮環アザコロネンの簡便合成を達成した。
二つの電子豊富なアザコロネンは、三次元構造に応じた電子不足型π電子系化合物と相互作用することを明らかにした。
曲面構造をもつアザコロネンは、平面構造の物と比べて大環状共役に基づく芳香族性が弱くなることを見出した。
愛媛大学大学院理工学研究科の高瀬雅祥准教授、宇野英満教授らの研究グループは、信州大学繊維学部の小林長夫特任教授と共同で、平面および曲面状のピロール縮環アザコロネン類の合成に成功し、その特徴的な構造、酸化還元特性、ならびに芳香族性に及ぼす影響などを明らかにしました。これまでにも母骨格であるヘキサピロロヘキサアザコロネンの合成報告例があり、その酸化還元特性や芳香族性などの性質が明らかにされてきました。しかしそのほとんどの例が、外周部にかさ高い置換基を有する化合物で、集積化に伴うπ電子機能の変化や電子不足型π電子系化合物との相互作用などに関する研究例はありませんでした。本研究では、骨格の特徴を評価しやすいアルキル置換された平面誘導体と、π電子系が拡張された両凹面を持つ曲面誘導体の二つが合成されました。それぞれの構造的特徴が反映された基礎物性が解明されました。

二つの研究成果は、それぞれ2021年3月5日、同年4月2日にアメリカ化学会誌「The Journal of Organic Chemistry」に掲載され、cover pictureにも採用されました。

近年、多環式芳香族化合物を構造の明確なグラフェンと見立てた合成化学的アプローチに基づく研究例が注目を集めています。本研究グループでは、ピロール用いた含窒素多環式芳香族化合物の一つである、ピロール縮環アザコロネン(HPHAC)の合成とその基本的な性質の解明に関する研究を行ってきました。HPHAC類は電子豊富なピロールから構成されることから、酸化されやすく、特にそのジカチオン種では大環状共役に基づくグローバル芳香族性を示すといったユニークな特徴が明らかにされています。しかしながら、これまでに報告されている化合物にはすべて、外周部にかさ高い置換基が導入されており、HPHAC骨格そのものが有する性質やπ平面間相互作用に基づくπ電子機能の評価が行えませんでした。

今回、HPHAC骨格の外周部にアルキル基を有する誘導体と、π平面の上下が凹面となったHPHAC誘導体を新たに合成しました。アルキル基で修飾されたHPHACは、既存の化合物よりも容易に酸化され、また安定な酸化還元特性を示す事が分かりました。さらにその平面構造を反映して、電子不足型π電子系化合物と交互積層型のカラム構造を形成することを明らかにしました。一方、π電子系を拡張させたHPHACの設計・合成を行ったところ、二重に凹面を持った珍しいπ電子系化合物となることが分かりました。その形を反映して、この電子豊富なHPHACが電子不足型π電子系化合物である球状のフラーレンと強く相互作用することを明らかにしました。さらに、二つのジカチオン種のグローバル芳香族性の強さを比較したところ、両凹面HPHACの方が弱くなっていることが分かりました。

最近のπ電子系化合物に関する研究により、従来の平面性化合物からお椀や鞍型と言った3次元構造をした化合物が報告されるようになってきました。しかし、単結晶X線構造解析などを用いてその構造的特徴を明らかにする以外、3次元構造がもたらすπ電子機能に着目した研究例はほとんどありません。共通する基本骨格を有しながらも、3次元的な構造が異なる類縁体との詳細な構造物性相関を解明することで、π電子機能が関与する有機エレクトロニクス・スピントロニクス材料の新たな設計指針が得られることが期待されます。

参考 URL: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.joc.0c03042

論文情報

Radially π-Extended Pyrrole-Fused Azacoronene: A Series of Crystal Structures of HPHAC with Various Oxidation States, Yoshiki Sasaki, Masayoshi Takase, Nagao Kobayashi, Shigeki Mori, Keishi Ohara, Tetsuo Okujima, Hidemitsu Uno, The Journal of Organic Chemistry, 2021, 86, 4290-4295, doi:10.1021/acs.joc.0c02825.


Synthesis and Characterization of Peralkylated Pyrrole-Fused Azacoronene, Kosuke Oki, Masayoshi Takase, Nagao Kobayashi, Hidemitsu Uno, The Journal of Organic Chemistry, 2021, 86, 5102-5109, doi:10.1021/acs.joc.0c03042.

助成金等

  • JSPS科研費 JP20H02725, JP18K05076, JP19K05422, JP19J14288
  • 公益財団法人 小笠原敏晶記念財団

図表等

  • ヤヌスの二重凹面構造を持つπ拡張アザコロネン

    ヤヌスの二重凹面構造を持つπ拡張アザコロネン

    π拡張アザコロネンの中性、ラジカルカチオン、ジカチオンの結晶構造解析から、ヤヌス*の二重凹面構造であることを明らかにした。MCDおよびDFT計算を用いた分光分析、さまざまな酸化状態における芳香族性の検討、C60
    (ヤヌスとは、ローマ神話に出てくる前と後ろ反対向きに二つの顔を持つ双面神のこと)。

    credit : The Journal of Organic Chemistryの許可を得て掲載。© 2021 American Chemical Society
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  • 周辺部に12個のアルキル基を持つヘキサピロロヘキサアザコロネン

    周辺部に12個のアルキル基を持つヘキサピロロヘキサアザコロネン

    周辺部に12個のエチル基を持つヘキサピロロヘキサアザコロネン(HPHAC)を合成し、その基礎物性や会合挙動などを明らかにした。この表紙絵は、エチル基を花びらに見立て、12枚の花びらをもつダリアの折り紙としてHPHACを描いています。3つの色はそれぞれ、中性、ラジカルカチオン、ジカチオン種の色の違いを表しています。

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問い合わせ先

氏名 : 髙瀬雅祥、宇野英満
電話 : 089-927-9612
E-mail : takase.masayoshi.ry@ehime-u.ac.jp, uno@ehime-u.ac.jp
所属 : 大学院理工学研究科