地球深部に存在する太古のヘリウムの貯蔵庫

地球形成時に捕獲された始原的な希ガス(ヘリウム)が中心核に貯蔵されている可能性

・ヘリウムなどの希ガス元素は、他の物質との反応性が極めて低い。また揮発性が高く気体になりやすいという性質を持つ。ヘリウムの同位体(3He)は宇宙誕生時のビッグバンにより生成され、地球形成時に原始地球に捕獲された星雲ガスの名残である。


3Heはハワイなどの海洋島火山の岩石中に多く含まれているという特徴がある。このことから、3Heは地球内部のどこかに長期間貯蔵されており、ホットプルームの上昇に伴って少しずつ地表にもたらされていると考えられている。地球誕生から今日に至る極めて長い期間、ヘリウムが地球内部のどこに貯蔵されてきたのかは不明ある。


・量子力学に基づく第一原理計算という高精度シミュレーションを行った結果、ヘリウムは地球深部の温度圧力条件においても、液体鉄にわずかに溶け込むことが分かった。この結果から、地球中心核が3Heの貯蔵庫である可能性が高いという結論が導かれた。


ヘリウム、ネオン、アルゴンなどの希ガス元素は、他の物質との反応性が極めて低い、揮発性が高く気体になりやすい、などの特有の性質を持ちます。中でも、ヘリウムの同位体である3Heはハワイなど地球深部に起源をもつ海洋島火山の岩石中に高濃度で存在しており、このことから3Heは地球内部のどこかに貯蔵されていると考えられています。この3Heは、地球が誕生する前に宇宙空間に存在していた星雲ガスの一部で、地球形成時に原始地球に捕獲された始原的な物質です。そのような太古の3Heが、揮発性が高いにもかかわらず、地球誕生から今日まで46億年という極めて長い期間にわたって地球内部に閉じ込められてきたというのは驚くべきことです。しかしながらそのようなヘリウムが地球内部のどこに保管されているのかは、まだわかっていません。マントル深部や中心核(図1)などがヘリウムの貯蔵庫の候補としてあげられていますが、長年にわたって論争が続いており未解決のままとなっています。


希ガスの収納庫であるかどうかがはっきりしない理由の一つに、地球内部の超高温超高圧の環境において希ガス原子が岩石(マントル)と金属鉄(核)のどちらにより溶け込みやすいのかが不明であることがあります。地表の圧力では希ガスは金属よりも岩石により溶け込みやすいという性質を持っていることが分かっていますが、地球深部の圧力で金属により溶け込みやすい性質に変われば、核が希ガスの貯蔵庫である可能性が高まります。しかしながら、高い圧力のもとでこのような性質を調べることは容易ではありません。(このような性質のことを化学の分野で元素分配と呼びます。)そこで本研究では、第一原理計算と呼ばれる量子力学に基づく高精度のコンピュータシミュレーションを用いて、ヘリウムとアルゴンの熔融ケイ酸塩(マグマ)と液体鉄に対する分配特性を、圧力を20万気圧から135万気圧まで変化させながら調べました。


シミュレーションの結果、ヘリウムの分配特性は圧力の影響をあまり受けないことが分かりました。(一方、アルゴンは圧力が増加するにつれて液体鉄を好む傾向が増加しました。このような圧力の影響の相違は、ヘリウム原子とアルゴン原子の大きさの違いにより説明されます。)今回の研究から、液体鉄よりも岩石マグマを好むヘリウムの傾向が高圧力下でも保たれることが分かりましたが、一方でマントルに溶け込む量と比較すれば少量ですが中心核にもヘリウムが溶け込むことも明らかとなりました。この結果に基づき中心核に溶け込んだヘリウム総量を算出した結果、中心核が十分な量のヘリウムを収容し3Heの貯蔵庫となり得るという結論が導かれました。

ヘリウム、ネオン、アルゴンなどの希ガス元素は、他の物質との反応性が極めて低い、揮発性が高く気体になりやすい、などの特有の性質を持ちます。また、それぞれの同位体のなかで、3He, 20Ne, 36Arは地球が誕生する前に宇宙空間に存在していた星雲ガスの一部であり、地球形成時に原始地球に捕獲された始原的な物質であることが分かっています。これら太古の希ガスは、ハワイなど地球深部に起源をもつ海洋島火山の岩石中において高濃度で含有されていることが知られており(例えばDixonら、2000年)、このことから地球内部のどこかにこれらの貯蔵庫(リザーバ―)が存在していると考えられています。揮発性が高い希ガスを、地球誕生から今日まで46億年という極めて長い期間にわたって閉じ込め保管してきた領域があるというのは驚くべきことですが、そのような希ガスのリザーバーが地球内部のどこに存在しているのかは、まだ特定されていません。特に地球史的な時間スケールで考えればマントルも活発に対流しており、よく攪拌されていることを考えると(例えばVan der Hilstら、1997年、Wangら、2015年)、リザーバーをマントル内部に長時間安定に保つことは困難なように思われます。そのためマントル最深部や中心核(図1)などがリザーバーの候補としてあげられています。しかしながら、その位置はいまだはっきりとは解明されておらず、地球深部の大きな謎の一つとして長年にわたって論争が続いています。

主に鉄を主成分とする液体金属からなる外核(図1)は、始原的な希ガスのリザーバーの有力な候補の一つであり、この領域からマントルへ希ガスが供給されている可能性があります。マントルへもたらされた希ガス原子が、核-マントル境界で発生した上昇流(マントルプルーム)に伴って地表まで上昇していると考えれば、ハワイ・ロイヒ海山やアイスランドのような特に活動性の高いホットスポット岩石が始原的希ガスを高い濃度で含んでいることともつじつまが合います。このように外核が希ガスのリザーバーであるためには、高圧力下において十分な量の希ガスが液体鉄に溶け込む必要があります。しかしながら、大気圧から20万気圧程度までの比較的低い圧力においては、希ガスは一般的に金属鉄(中心核)に比べて岩石(マントル)により溶け込みやすい性質を有していることが報告されていました(例えばBouhifdら、2013年)(このように特定の元素が、共存する異なる溶媒(今の場合は液体金属と熔融岩石)の間で、溶けやすさの違いに応じて配分されることを、化学の分野で元素分配といいます(追加説明1))。一方、地球形成時にマグマオーシャンと初期核との反応が生じたと考えられている数10万気圧から100万気圧程度の超高温超高圧の環境においては、岩石と金属鉄に対する希ガスの分配特性はこれまで調べられていません。したがって外核が希ガスのリザーバーである可能性は、今のところ完全には否定されたとはいえない状況にあります。もし希ガスが金属鉄を好む傾向(このような性質を親鉄性と呼ぶ)が圧力効果により増加すれば、通常想定されているよりも多くの希ガスが外核に溶け込む可能性があるからです。そのため、高圧力下における希ガスの分配特性の解明は重要であるといえます。この性質が今のところよく分かっていないのは、高圧力のもとで正確に元素分配を調べることが容易ではないことによるものです。

実験的にマントル深部のような高い圧力において元素分配を調べるのは極めて困難です。そこで本研究では、第一原理計算と呼ばれる量子力学に基づく高精度のコンピュータシミュレーションを用いて、20万気圧から135万気圧に至る広い圧力範囲で、ヘリウムとアルゴンの熔融ケイ酸塩(マグマ)と液体鉄に対する分配特性を調べました。元素分配のコンピュータシミュレーションは、熔融ケイ酸塩に希ガス原子が溶け込んだ場合の反応エネルギーと液体鉄に希ガス原子が溶け込んだ場合の反応エネルギーを計算することで行われます。両者を比較して、どちらにどの程度溶け込みやすいかが見積もられました。この際、熱力学の基本原理に基づくと、低い反応エネルギーを持つ溶媒により多くの希ガス元素が溶け込むことになり、反応エネルギーの差が大きいほど濃度差も大きくなります。熔融ケイ酸塩や液体鉄などの液体との反応エネルギーを計算するためには特殊な手法が必要であり、本研究では統計物理学の方法である熱力学積分法と呼ばれる方法と第一原理計算法に組み合わせた手法を作成して実現しました(Taniuchi and Tsuchiya2018年、Xiongら、2018年)(追加説明2)。

本研究では、このような独自の手法を用いて熔融ケイ酸塩と液体鉄に対する希ガスの分配特性を調べた結果、マントルと中心核が接するマントル最深部の核-マントル境界圧力(135万気圧)まで希ガス元素は液体鉄よりも熔融ケイ酸塩に分配される特性を維持し、高圧力下においても顕著な親鉄性の増加は生じないことを世界で初めて見出しました。具体的には、ヘリウムに関しては、地球形成初期に中心核に溶けたヘリウム量はマントルに溶けたヘリウム量に比べ100分の1程度となりました(図2)。(一方、アルゴンは圧力が増加するにつれて液体鉄を好む傾向が増加した。このような圧力の影響の相違は、ヘリウム原子とアルゴン原子の大きさの違いにより説明されます。)親鉄性が増加しないという結果は、一見すると中心核は始原的な希ガスのリザーバーとしてはふさわしくないことを示しているように見えます。しかしながら、この結果を用いて地球形成初期に中心核に溶け込んだ3He同位体の総量を算定したところ、たとえマントルの100分の1程度の量であったとしても、現在ホットスポットで測定される程度の3He量を中心核に蓄積することが十分可能であることが分かりました。

また、地球形成初期に中心核の100倍の量のヘリウムがマグマオーシャンに溶け込んだとしても、揮発性の高い希ガスの大半はマグマオーシャンの固化に伴い大気に放出されてしまい、マントル中にはほとんど残らなかったと考えられます。一方、マグマオーシャン中で初期核が誕生した際に核の金属に溶けたヘリウムはマントルに比べれば少量であっても、マントルの固化後は地球中心部に閉じ込められることとなります。そして、長い年月をかけて少しずつマントルへと染み出し、上昇プルームとともに地表まで上昇することで、現在でもホットスポットの岩石において検出され続けていると考えることができます。これらのことから、中心核が3He同位体を貯蔵する領域であるとする説を支持する結論が導かれます。このように本研究により、地球深部科学の長年の大きな謎の一つであった始原物質のリザーバーの位置に関して、重要な結果が得られました。

引用文献

Bouhifd, M. A., Jephcoat, A. P., Heber, V. S., & Kelley, S. P. (2013). Helium in Earth’s early core. Nature Geoscience, 6(11), 982–986.

Dixon, E., Honda, M., McDougall, I., Campbell, I., & Sigurdsson, I. (2000). Preservation of near solar isotopic ratios in Icelandic basalts. Earth and Planetary Science Letters, 180, 309–324.

Taniuchi, T., & Tsuchiya, T. (2018). The melting points of MgO up to 4 TPa predicted based on ab initio thermodynamic integration molecular dynamics. Journal of Physics: Condensed Matter, 30(11), 114003.

Van der Hilst, R. D., Widiyantoro, S., & Engdahl, E. R. (1997). Evidence for deep mantle circulation from global tomography. Nature, 386(6625), 578–584.

Wang, X., Tsuchiya, T., & Hase, A. (2015). Computational support for a pyrolitic lower mantle containing ferric iron. Nature Geoscience, 8(7), 556–559.

Xiong, Z., Tsuchiya, T., & Taniuchi, T. (2018). Ab initio prediction of potassium partitioning into Earth’s core. Journal of Geophysical Research: Solid Earth, 123, 6451–6458.

追加説明1:元素分配

平衡状態において、特定の溶質元素(本研究の場合はヘリウム)が、共存する異なる溶媒(本研究の場合は液体金属と熔融ケイ酸塩)の間で、溶けやすさの違いに応じて配分されることを、化学の分野で元素分配という。わかりやすい例として、サラダドレッシングがある。サラダドレッシングを作る際、酢と油を混ぜ塩を加えると、塩は主に酢の方に溶ける。それぞれの溶媒における溶質の濃度の比をとったものを、分配係数と呼ぶ。分配係数は、着目する溶質元素がどちらの溶媒にどれだけ溶けやすいかを示す指標といえる。

追加説明2:液体(自由)エネルギーの計算方法

熱力学の基礎原理にもとづけば、化学反応のエネルギー(正確には反応自由エネルギー)は、反応物と生成物それぞれの内部エネルギーとエントロピーから計算することができる。しかしながら、特に液体の場合は、エントロピーを求めることは一般的に大変困難である。そこで本研究では、統計力学の方法であり、直接エントロピーを求めることなく反応エネルギーの計算を可能とする熱力学積分法と呼ばれる特殊な方法を用いた。これを第一原理分子動力学シミュレーションに組み込むことにより、液体自由エネルギーの計算を実現した。第一原理分子動力学シミュレーションとは、原子に働く力を量子力学に基づき非経験的に計算し、多原子系の運動や内部エネルギーなどを求めるコンピュータシミュレーションの方法である。

参考 URL: https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1029/2020GL090769

論文情報

Helium and Argon Partitioning Between Liquid Iron and Silicate Melt at High Pressure, Zhihua Xiong, Taku Tsuchiya and James A. Van Orman, Geophysical Research Letters, 48, e2020GL090769, doi:10.1029/2020GL090769, 2021 (February 16).

助成金等

  • JSPS科研費 JP15H05826, JP15H05834

図表等

  • 地球内部構造の模式図

    地球内部構造の模式図

    地球内部は層構造を有しており、表層から「地殻」「上部マントル」「マントル遷移層」「下部マントル」「外核」「内核」に分かれる。約46億年前の地球形成時において、マグマオーシャンの中で重い金属成分が沈降・分離し中心核が形成された。この際、マントルと中心核の間で希ガスの分配が生じたと考えられている。

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  • 第一原理計算により求められたヘリウムの分配係数

    第一原理計算により求められたヘリウムの分配係数

    溶質元素(今の場合はヘリウム)が、共存する異なる溶媒(今の場合は液体鉄と熔融ケイ酸塩)の間で、どちらにどの程度溶解するかを示す熱力学的指標を分配係数という。分配係数はそれぞれの溶媒における溶質の濃度比であらわされ、溶けやすさが等しい場合は100(=1)となる。本研究では、100よりも大きい場合は液体鉄に、100よりも小さい場合は熔融ケイ酸塩に選択的に分配されることを示す。ヘリウムの分配係数はこれまで比較的低い圧力範囲でしか決定されていなかったが、本研究によりマントルの全圧力範囲において求められた。20万気圧、60万気圧、135万気圧の結果を比較すると、大きな値の変化は見られない。すなわち液体鉄と熔融ケイ酸の間でのヘリウムの分配係数は、圧力の影響をあまり受けないことが分かる。分配係数の値は約10-2であるが、このことはヘリウムは液体鉄に比べ熔融ケイ酸塩に約100倍多く溶解することを意味する。

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問い合わせ先

氏名 : 土屋 卓久
電話 : 089-927-8198
E-mail : tsuchiya.taku.mg@ehime-u.ac.jp
所属 : 地球深部ダイナミクス研究センター