生きたままの生物を長期間観察できる新しい顕微鏡技術の開発

分子イメージングによる、疾患の発生メカニズム解明と治療薬開発への貢献

1.低光毒性、広視野、高分解能の3条件の向上を達成する新たな顕微鏡を開発
2.メダカの胚発生の観察に応用し、生きたままのメダカを3日に渡り観察することに成功
3.生物発生メカニズムの理解、生活習慣病など疾患因子の解明、治療薬の開発基盤技術の貢献に期待

愛媛大学大学院医学系研究科の齋藤卓特任講師らの研究グループは、(1) 観察対象への低い光毒性、(2) 広い視野範囲、(3) 高い空間分解能(高解像度)、の3条件の向上を達成する2光子励起光シート蛍光顕微鏡を新たに技術開発しました。この顕微鏡を小型魚類(メダカ)の胚発生の観察に応用したところ、メダカの成長を阻害することなく(低光毒性)、メダカ全体に対して(広い視野範囲)、その発生過程を細胞レベル(高解像度)で、3日に渡り観察することに成功しました。本技術により、多様な生物の発生過程をこれまでよりも長期間に渡って、細胞レベルの高分解能で、生きたまま観察することができるようになります。この技術は、生物の発生メカニズムの分子レベルでの理解や生活習慣病などの疾患因子の解明、さらに、治療薬の開発基盤技術に貢献すると期待されます。なお、本成果は、2021年5月20日付 Springer Nature社が発行する学術雑誌「Nature Communications誌」オンライン版に掲載されました。

1.研究の背景

近年、超高齢化社会を迎えた我が国においては生活習慣病が急増しており、国民のQOLの低下や医療費高騰などが社会に大きな影響を与えています。このような背景から、疾患の発生メカニズムの解明やそれらの治療法開発に向けた研究が今後ますます重要となります。それらの研究の重要な要素として、モデル動物と先端的計測技術を利用した、疾患発生の根本病因解明に迫る新たな方法の開発があげられます。そのような計測技術の一つとして、蛍光顕微鏡は非侵襲で細胞内部の分子レベルでの観察ができる画像計測装置として生命科学分野で広く利用されています。その中でも、光シート蛍光顕微鏡*1は高速かつ高分解能に3次元空間の情報を画像として取得可能な顕微鏡です。しかし、従来の光シート蛍光顕微鏡は、観察対象へ与えるダメージ(光毒性)が大きく、また、広い視野範囲と(細胞レベルの)高い空間分解能を同時に達成することが困難でした。それゆえ、生体発生や疾患発生の全体像を理解するために必要な、(1) 生きたまま、(2) 広い範囲、(3) 高い分解能、の3条件の下で生体を観察するための新たな顕微鏡装置の開発が必要でした。

2.顕微鏡の技術開発

今回、愛媛大学大学院医学系研究科及び愛媛大学医学部附属病院先端医療創生センターの齋藤卓(特任講師)、高根沢聡太(元研究員)、今村健志(教授)による研究グループは、この課題の解決の鍵となるのは近赤外光を利用した2光子励起現象*2の新たな利活用であると考えました。2光子励起顕微鏡は、生体に優しい蛍光イメージングを行うための装置です。2光子励起を起こすためには狭い範囲に光を集中させる必要があるために励起範囲(光シート顕微鏡では視野範囲)が狭くなってしまうという特性があります。励起範囲を広げるにはビーム長を伸ばす必要がありますが、それでは空間分解能の低下を避けることができません。さらにそれに付随してレーザーのエネルギー不足も問題となります。本研究ではこれらを解決するため、レーザー集光範囲を光軸方向に伸長させる(励起範囲を広げる)ベッセルビーム形成を可能な限りシンプルにして、エネルギー損失を大きく抑制することを目指した光学ユニットを作製しました(図1A)。シミュレーション実験と光学計測実験による検証を行い、今回新たに作製した光学ユニットが、分解能を2-3μm10倍拡大率、 開口数0.3の対物レンズを利用した場合)に保ったまま、ビーム長を600-1000μmの範囲で変化させることができることを確認しました。これまでの2光子励起現象を応用した光シート顕微鏡では600μmの視野範囲が最長で、今回の光学ユニットはこれを大きく改善しています。この光学ユニットを用いて視野性と解像度に優れた2光子励起光シート蛍光顕微鏡を構築しました(図1B)。この顕微鏡はメダカ全身を細胞レベルで観察可能な性能(視野範囲1mmで空間分解能5μm以下)です(図1C)。この顕微鏡の特性を評価するために一般的なビーム形状であるガウスビームと比較解析を行ったところ、ガウスビームでは広視野範囲と高分解能の両立が実現できないのに対して、ベッセルビームでは実現されていることが示されました。

3.メダカを用いた生体イメージング例

メダカは小型の淡水魚で脊椎動物のモデル生物として広く利用されてきました。小型であるために個体全身の蛍光イメージング解析に適した生物です。また、メダカの組織発生は哺乳類に比べて進行が速いためにライブイメージング解析に適しています。今回開発した光シート顕微鏡をメダカの観察に応用したところ、想定通りの広視野と高解像度で生きたメダカの全身を細胞レベルで観察する3次元蛍光画像計測に成功しました。その後、生体応用性の評価のために生体光毒性試験を行い、今回開発した顕微鏡はガウシアンビームを用いた従来の光シート顕微鏡と比べ光毒性が格段に低いことが示され、長期間のライブイメージングに適していることが示唆されました。これを基に、リンパ管内皮細胞を緑色蛍光タンパク質で標識したメダカの発生過程の長期間ライブイメージングを行いました。その結果、メダカの成長を阻害せずに5分間隔で3日間に渡るライブイメージングに成功しました(図2)。

4.成果の意義

ゲノム配列解読技術の発展により、疾患と遺伝背景の因果関係解明に向けた研究が進展しています。このような研究をさらに進めるためには、ヒトそれ自身で直接的に解析することが困難な疾患の原因特定のためのモデル動物を利用した方法論の創出が必要です。本研究ではこのための生体計測技術開発として新たに高性能の光シート蛍光顕微鏡を開発しました。本技術を活用することでメダカサイズの生物において、そのほぼすべての胚発生過程を、(1) 全身まるごとを (2) 細胞レベルの高解像度で (3) 生きたまま、観察することができるようになり生物発生の分子レベルでのメカニズム解明に加え、疾患因子の根本的解明、さらには、治療薬の開発基盤技術の構築に繋がると期待されます。

【用語解説】

*1 光シート蛍光顕微鏡:光シート顕微鏡は、対物レンズ焦点面の側面から光を入射しその光学切片をカメラで撮像する顕微鏡である(図3左)。この光学切片を面計測する特性のために、落射型レーザー走査型顕微鏡(共焦点顕微鏡、2光子励起顕微鏡)に比べて高速に撮像することができる。

*2 2光子励起:蛍光とは、物質が光などのエネルギーを吸収し、その後そのエネルギーを放出する際の発光を指す。蛍光物質は、通常は光子を1つ吸収して蛍光を放出(1光子励起)するが、強い光が入射すると光子を2つ同時に吸収して蛍光を放出(2光子励起)する現象が誘起される(図3右)。この2光子励起現象は、生物への毒性が低い近赤外レーザーを用いて起こせる利点がある。また、近赤外光は生体透過性が可視光より高いために生体深部の観察に適している。

参考 URL: https://www.nature.com/articles/s41467-021-23249-y

論文情報

Wide Field Light-Sheet Microscopy with Lens-axicon Controlled Two-photon Bessel Beam, Sota Takanezawa, Takashi Saitou, Takeshi Imamura, Nature Communications, 20 May 2021, DOI: 10.1038/s41467-021-23249-y.
(和訳:円錐レンズによる2光子励起ベッセルビームを用いた広視野光シート顕微鏡)

助成金等

  • JSPS 科研費 新学術領域研究 細胞社会ダイバーシティの統合的解明と制御 公募研究 JP20H05038
  • JSPS 科研費 基盤研究(C) JP19K12218

図表等

  • 本研究の概要

    本研究の概要

    (A)レンズを3枚組み合わせたシンプルなベッセルビーム形成ユニットを作製。(B)(A)のベッセルビーム形成ユニットと近赤外レーザーを利用した2光子励起光シート蛍光顕微鏡を構築。(C)構築した顕微鏡を用いたメダカ全身の血管・リンパ管3次元イメージング。

    credit : 齋藤卓(愛媛大学)
    Usage Restriction : 使用許可を得てください

  • メダカ胚発生過程の長期間ライブイメージング

    メダカ胚発生過程の長期間ライブイメージング

    リンパ管内皮細胞を緑色蛍光タンパク質で遺伝的に標識したFLT4-GFP系統メダカを用いてリンパ管形態形成過程を3日間に渡って経時的に観察。

    credit : Nature Communications
    Usage Restriction : 使用許可を得てくださいNature CommunicationsのCreative Commonsライセンスの規定に従って使用してください

  • 光シート顕微鏡の概略図(左)と2光子励起現象の模式図(右)

    光シート顕微鏡の概略図(左)と2光子励起現象の模式図(右)

    (左)レーザーを計測用対物レンズの側面から入射し選択的光学切片を形成する。その切片上で励起された蛍光を、対物レンズを通した検出器(カメラ)で撮像する。(右)1光子励起では1つの光子を蛍光物質が吸収して光を放出する。2光子励起では2つの光子を蛍光物質が同時に吸収して光を放出する。

    credit : 齋藤卓(愛媛大学)
    Usage Restriction : 使用許可を得てください

問い合わせ先

氏名 : 齋藤 卓
電話 : 089-960-5045
E-mail : t-saitou@m.ehime-u.ac.jp
所属 : 大学院医学系研究科