単一の活性中心で2つの異なる反応を連続的に行う酵素の構造基盤
【研究成果のポイント】
・ほぼすべての酵素の反応は単一の様式に分類される
・単一の活性中心で、酸化反応と異性化反応を連続的に行う稀有な酵素の立体構造を解明
・4箇所で固定されたきわめてめずらしいマンガンイオンを含む活性中心の姿が明らかに
【研究成果の概要】
生命現象における化学反応を担う約7,000種類の酵素において、単一の活性中心で異なる化学反応を連続的に行うものはわずか4種類しか知られておらず、D-アピオン酸オキシドイソメラーゼ(ApnO)はその一つです。ApnOは基質であるD-アピオン酸が入手困難なこともあり、2018年の発見以来詳細な解析が行われていませんでした。研究グループではまず、ApnOがD-アピオン酸以外の入手しやすい化合物を基質にできることを見出し、これにより詳細な生化学的解析が可能となりました。次に、大型放射光施設SPring-8で収集した高分解能X線回折データをもとに全体構造を決定するとともに、2個の金属イオンと阻害剤が結合した構造から触媒機構を推定しました。興味深いことに、こうした特徴は上記4種類の酵素の中の一つであるケトール酸レダクトイソメラーゼと類似していた一方で、ApnOには4箇所で固定されたきわめてめずらしいマンガンイオンが補因子として結合しており、その周囲の活性残基がまったく異なっていたことから、両者は独立にその反応機構を獲得したことが示唆されました(収斂進化)。こうした知見は、「一つの酵素の反応は一つの反応様式に分類できる」という一般的な枠組みに当てはまらない稀有な酵素における分子進化に新たな知見を与えるものです。
【研究の背景と経緯】
国際生化学連合(現在の国際生化学分子生物学連合)の酵素委員会が1961年に制定したEC番号(酵素番号;Enzyme Commission numbers)は、7つの反応に基づく酵素の分類法として広く用いられていますが、単一のクラスに明確に割り当てることができない酵素もごく少数存在しています。この中で、同一の活性部位内で異性化反応とECクラス1(酸化還元反応)の2つを連続的に触媒するのが、オーラチンCモノオキシゲナーゼ/イソメラーゼ、1-デオキシ-D-キシルロース-5-リン酸レダクトイソメラーゼ、ケトール酸レダクトイソメラーゼ(KARI)、D-アピオン酸オキシドイソメラーゼ(ApnO)の4種類です。このうちApnOは、2018年に米国の研究グループによって植物細胞壁に含まれる単糖の一種D-アピオースの細菌による資化経路の酵素の一つとして発見された最も新しいメンバーであり、唯一詳細な構造機能解析が行われていませんでした。この原因のひとつは、基質であるD-アピオン酸が入手困難であることが挙げられます。
【研究の内容】
本研究グループでは、微生物のゲノム上の遺伝子の集まり(クラスター)から糖代謝に関連すると考えられるものを抽出し、そこから作られるタンパク質(酵素)の基質候補化合物ライブラリーからスクリーニングすることで多くの分解経路を発見しています。この手法と直近の研究成果(Watanabe et al., J. Biol. Chem. 2026, 302, 111280)から、まずApnOがD-エリスロン酸など入手が比較的容易な化合物も基質に利用できることを見出しました。これにより、D-アピオン酸を使わずとも詳しい生化学的解析が可能となりました。
ApnOは、機能既知の酵素とはアミノ酸配列の相同性を示しません。そこで、触媒メカニズム解明のために、X線結晶回折法を用いて立体構造決定を行いました。大型放射光施設SPring-8のビームラインで高分解能データを収集し全体構造を決定したところ、意外なことに上記のKARIとよく似ていました。KARIの活性中心には2個のMg2+(Mg(I)とMg(Ⅱ))が、いずれも六面体配位で結合していることが知られていました。一方、ApnOではMg(Ⅱ)に相当する位置に四面体配位のZn2+とMn2+(Zn(Ⅱ)/Mn(Ⅱ))が、Mg(I)に相当する位置に六面体配位のMn2+(Mn(I))がそれぞれ結合していました。金属イオンの同定のためには、それぞれのX線の吸収端付近の波長で起きる異常分散効果を利用しました。この最も重要なデータ解析を行ったのが4年生の学生であることは、特筆に値します。タンパク質中で四面体配位をするMn2+が見つかったのは、これが二例目になります。ApnOの活性は、KARIの反応の遷移状態構造を模倣した共通の化合物で顕著に阻害されました。そこで、この化合物との複合体構造をさらに決定し、基質結合部位と2個の金属イオンが関与する触媒メカニズムを明らかにしました。ApnOのZn(Ⅱ)/Mn(Ⅱ)とKARIのMg(Ⅱ)は、金属イオンの種類と配位様式が異なるだけでなくその周辺の活性残基に保存性が全くありません。これは、ApnOのMn(I)とKARIのMg(I)の結合部位の進化的起源が共通である一方で、もう一つの金属イオン結合部位は独立に獲得されたものであることを強く示唆します。
【研究の意義】
タンパク質の正確な立体構造予測が出来るようになった現在、「なぜ直接構造を解く必要があるのか」を意識する重要性は逆に大きくなっています。本研究では、ApnOの反応自体の希少性もさることながら、活性中心に位置する金属イオンをX線の異常分散効果を利用して直接同定し、新奇の結合様式を明らかにした点にこそ価値があり、これは構造モデルでは決して分からないものです。SPring-8は、大規模な改修のため来年後半から長期の休止期間に入ることが決まっていますが、生まれ変わった放射光を再び利用して酵素に隠された面白さをさらに解き明かすことを楽しみに研究を進めています。
論文情報
掲載誌:Journal of Biological Chemistry
題名:Structural basis for oxidation-coupled isomerization by ApnO.
著者:Seiya Watanabe, Yuzuki Aono, Shin-ichi Terawaki, Himika Sato, Taiyo Yokoi
DOI: 10.1016/j.jbc.2026.113628
助成金等
- Japan Society for the Promotion of Science (JSPS)科研費 24K09366
- 農学研究科研究グループ(ARG)
図表等
問い合わせ先
氏名 : 渡辺 誠也
電話 : 089-946-9848
E-mail : irab@agr.ehime-u.ac.jp
所属 : 愛媛大学大学院農学研究科(先端研究院沿岸環境科学研究センター兼任)

