60年以上前に存在が知られていた酵素の正体を初めて同定
【研究のポイント】
・遺伝子の集まり(クラスター)に着目した機能未知遺伝子(タンパク質)の機能同定は有用である
・60年以上前に存在自体は知られていながら正体が分からなかった糖代謝関連酵素を初めて同定
・遺伝子クラスター同士が融合して新たな代謝経路が作られる進化のシナリオを提唱
【研究の概要】
分子生物学が勃興する以前に「classical report」として記載された酵素の中には、いまだ数多くのものが正体不明のまま残っています。ゲノム上の炭素数4の糖酸であるL-スレオン酸の代謝に関連すると考えられる遺伝子の集まり(クラスター)に含まれる機能未知遺伝子(タンパク質)を生化学的および構造生物学的に解析した結果、L-スレオン酸3-脱水素酵素(Ltn3D)であることが分かりました。この酵素の存在自体は同じ学術誌上で1964年に報告されていましたが、その正体は60年以上分かっていませんでした。Ltn3Dは炭素数4、5、6の糖酸を代謝する遺伝子のクラスターに必ず含まれていましたが、それは本酵素がこうした糖酸も同時に酸化できるためでした。すなわち、Ltn3Dが「接着剤」のような役割を果たすことで遺伝子クラスター同士が融合し、代謝経路がさらに多様化するという新たな進化のシナリオを提唱しました。
【研究の背景と経緯】
DNA解読技術が発展するにつれて生物のゲノム情報が蓄積していきましたが、その中に含まれる機能未知遺伝子(タンパク質)の数も膨大なものになっています。現在のような分子生物学が勃興する以前の1950~1970年代において、酵素の発見は(細胞をすりつぶした)無細胞抽出液中から新たな化学反応を見出すところから始まりました。こうした「classical report」に記載された酵素活性の正体はその後同定が進んできましたが、いまだ数多くのものが正体不明のまま残っています。これらに対応する遺伝子は、前述の機能未知のものに含まれていると考えられますが、その同定は容易ではありません。
【研究の内容】
渡辺教授は、微生物のゲノム上の遺伝子の集まり(クラスター)から糖代謝に関連すると考えられるものを抽出し、そこから作られるタンパク質(酵素)の基質候補化合物ライブラリーからスクリーニングすることで多くの分解経路を発見してきており、今回もこの手法を活用することにしました。
糖酸とは単糖アルドースが酸化された化合物です。有名な炭素数6(C6)のD-グルコン酸以外にもC4やC5も知られており、C4とC5/C6糖酸の代謝遺伝子は細菌ゲノム上で別々の位置でクラスターを形成しています。ところが、海洋性細菌Paracoccus litorisediminisを初めとするいくつかの細菌ではこれらが一箇所にまとまっていること、その中にはSDRと呼ばれるタンパク質ファミリーに属する機能未知遺伝子(GL300_RS07945)が必ず含まれていることが分かりました。
C4の糖酸であるL-スレオン酸の代謝様式が明らかとなったのは比較的最近であり、それによると L-スレオン酸はL-スレオン酸2-脱水素酵素(Ltn2D)により2位にケト基が生じ、次いで異性化酵素(OtnI)によりそれが3位に移ります(PNAS 2016, E4161–E4169;図1)。基質探索の結果、GL300_RS07945はL-スレオン酸を酸化できることが分かりましたが、こうなると同じ遺伝子クラスター内に見かけ上同じ活性を有する酵素が二つあることになります。しかし実際には、GL300_RS07945はLtn2D/OtnIの反応を一段階で行う「L-スレオン酸3-脱水素酵素(Ltn3D)」でした。大型放射光施設スプリング8で収集した高分解能X線回折データをもとに構築した結晶構造モデルでは、L-スレオン酸を模倣した阻害剤であるタルトロン酸の3位の炭素原子と補酵素NADP+のニコチンアミド環の位置関係は、見事にLtn3Dの機能と合致するものでした(図2)。Ltn3DはLtn2Dとは異なり、L-スレオン酸以外のC5/C6糖酸も同じように酸化できます。これにより、C5/C6糖酸もL-スレオン酸の代謝経路を通じて分解できることになります。すなわち、Ltn3Dが「接着剤」のような役割を果たすことでC4/C5/C6糖酸の遺伝子クラスター同士が融合し、代謝経路がさらに多様化するという新たな進化のシナリオを提唱することが出来ました。
【研究の意義】
Ltn3Dの酵素活性自体は同じ学術誌上で1964年に報告されており(classical reportの好例)、正式な酵素の証明であるECナンバー(EC1.1.1.129)も与えられていましたが、その正体は60年以上分かっていませんでした。本論文の査読者の1人は、こうした経緯を踏まえて「感慨深い」とのコメントを付記していました。
GL300_RS07945は機能が分かっているタンパク質と比較してアミノ酸配列の類似性が30%以下しかない典型的な「機能未知遺伝子」でしたが、今回初めて生理的役割を解明することが出来ました。これからもこうした新規酵素の発見を目指して研究を進めていきます。
論文情報
掲載誌:Journal of Biological Chemistry
題名:Identification, functional characterization, and structural analysis of an atypical L-threonate 3-dehydrogenase.
著者:Seiya Watanabe, Himika Sato, Taiyo Yokoi, Shin-ichi Terawaki
DOI: 10.1016/j.jbc.2026.111280
助成金等
- JSPS科研費 24K09366
- 農学研究科研究グループ(ARG)
図表等
問い合わせ先
氏名 : 渡辺 誠也
電話 : 089-946-9848
E-mail : irab@agr.ehime-u.ac.jp
所属 : 愛媛大学大学院農学研究科

