顕微型赤外円二色性分光法を用いた昆虫の翅の局所的不斉構造の解析

研究のポイント:
・当研究室で独自に開発した顕微型赤外円二色性システムを用いて、昆虫の翅の局所的な不斉構造を解析しました。
・その結果、昆虫(アオドウガネ)の下翅では、翅の各部位(膜、翔脈等)によって異なるたんぱく質の組織化が起こっていることがわかりました。
・得られた結果は、昆虫の翅の示す様々な機能(飛翔、光反射、疎水性等)とたんぱく質の組織化とを関連つける手がかりになると期待されます。

愛媛大学大学院理工学研究科 佐藤久子教授の研究グループは、東邦大学 山岸晧彦研究員、日本分光株式会社 小勝負純部長、日本大学文理学部 吉田純准教授、横浜国立大学大学院工学研究院 川村出准教授らとの共同で、当研究室で独自に開発した量子カスケードレーザーを用いた顕微スキャン機能型の多次元赤外円二色性分光装置を用いて、昆虫(アオドウガネ)の下翅におけるたんぱく質の局所高次構造を検出することに成功しました。

昆虫の翅はその多機能性により、生物模倣によるデバイス開発や材料開発の代表モデルです。そのため様々な機能(ホトニクス、撥水性、抗菌性など)が種々の方法で調べられています。しかしこれまで、キラリティ(右手型、左手型の構造)に着目した研究はあまりありませんでした。今回、開発した量子カスケードレーザーを用いた顕微スキャン機能型の多次元赤外円二色性分光装置を用いて翅のドメインごとのキラリティ解析がin-situで可能となりました。この装置では世界初の空間分解能100 µmを達成しています。その結果、アオドウガネの下翅の膜と翅脈ではたんぱく質の2次構造が異なっていることを見出しました。今後、この顕微スキャン技術を駆使して、昆虫の左翅、右翅の非対称的な機能などを解明することを目指しています。

背景

生体組織においては、10-100 µmスケールで形成される構造が随所にあります。特に、昆虫翅はその多機能性により、生物模倣によるデバイス開発や材料開発の代表モデルとなっています。そのため翅の示す様々な機能(ホトニクス、撥水性、抗菌性等)を種々の方法で調べられており、生物模倣の材料開発がさかんに行なわれております。しかしながら、たんぱく質のキラリティ(特に高次構造)に着目した例は少ないのが現状です。

このような中で、我々のグループでは局所高次キラリティ解析のための新しい装置開発に取り組んできました。特に生体試料そのものを測定することを目指した研究を行っています。

研究成果

量子カスケードレーザーと自動ステージを組み込んだ顕微スキャン型多次元赤外円二色性分光システムの開発に成功しました。世界初の空間分解能100 µmで高吸収のサンプル内をスキャンできるシステムを構築しました。

この装置を用いて、アオドウガネの下翅における各ドメインのたんぱく質の構造解析を行いました。その結果、翅膜や翅脈によってたんぱく質の2次構造が異なることを見出しました。例えば、膜は右巻のα-ヘリックス構造、翅脈はランダムコイル状であることがわかりました。また翅のドメインを詳細に調べた結果、α-ヘリックスとβ-シートが混在している個所も捉えることができました。

これは、これまでの熱光源による赤外円二色性分光法では達成できなかったものです。また、翅サンプルそのものをin-situで測定できるようになったことに特徴があります。

本研究においては昆虫に関して理学部生物コースの福井眞生子講師に御指導いただきました。厚くお礼申し上げます。

参考 URL: https://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/acs.jpclett.1c01949

論文情報

Mapping of Supramolecular Chirality in Insect Wings by Microscopic Vibrational Circular Dichroism Spectroscopy: Heterogeneity in Protein Distribution
Hisako Sato, Akihiko Yamagishi, Masaru Shimizu, Keisuke Watanabe , Jun Koshoubu , Jun Yoshida and Izuru Kawamura
The Journal of Physical Chemistry Letters, 2021, 12, 7733-7737, Doi: 10.1021/acs.jpclett.1c01949

助成金等

  • 科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業(JPMJMI18GC)

図表等

  • 顕微スキャン型多次元赤外円二色性分光システムを用いたアオドウガネの下翅の高次構造

    顕微スキャン型多次元赤外円二色性分光システムを用いたアオドウガネの下翅の高次構造

    アオドウガネの下翅の赤外吸収マッピングおよび、赤外円二色性スペクトルの例

    credit : 佐藤 久子(愛媛大学)
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問い合わせ先

氏名 : 佐藤 久子
電話 : 089-927-9599
E-mail : sato.hisako.my@ehime-u.ac.jp
所属 : 大学院理工学研究科