骨の成長を適切に調節する新たなメカニズムを解明
幼少期の栄養のバランスが身長に影響
【研究のポイント】
・Dnmt1は、成長板軟骨の増殖軟骨層で発現している。
・四肢の間葉系細胞でDnmt1を欠損させると、生後の骨の伸長が著しく阻害される。
・Dnmt1は、軟骨細胞内のエネルギー代謝を制御することで、骨の長さを適切に調整している。
【研究の概要】
愛媛大学プロテオサイエンスセンター病態生理解析部門・大学院医学系研究科病態生理学講座の柳原裕太特定助教、今井祐記教授らの研究グループは、愛媛大学大学院医学系研究科 整形外科学の高尾正樹教授、九州大学生体防御医学研究所の馬場健史教授らとの共同研究により、後天的な遺伝子発現制御を司るDNAメチル基転移酵素(Dnmt1)が成長板軟骨細胞のエネルギー代謝の調節を介して骨の伸長を適切に制御していることを解明しました。後天的な遺伝子発現制御機構は、生活習慣によって影響を受け、細胞の状態を変化させ、身体の発育や疾患の発症等に関わってきます。しかしながら、 Dnmt1が、どのように細胞の機能を制御しているのか、定かではありませんでした。今回の研究では、成長板軟骨細胞に発現しているDnmt1が、軟骨細胞内のエネルギー代謝を適切に調節することで、長管骨の長さを規定していることを明らかにしました。本研究は、後天的な要因(栄養の種類等)により軟骨細胞の機能を制御することを提示しており、骨の発育不良や変形性関節症などの予防・治療方法の開発につながることが期待されます。
軟骨細胞(chondrocyte)は、骨や体の骨格ができるときに重要な役割を果たします。腕や脚など多くの骨は、「軟骨内骨化」という仕組みで作られます。軟骨内骨化は、軟骨細胞が集まり、骨のもとになる「軟骨の足場」を作る方法です。その後、軟骨細胞が成熟して、最終的に骨に置き換わることで、骨が成長します。細胞が様々な役割を果たすために成熟する過程には、「エピジェネティクス」という、DNAの配列を変えずに遺伝子の働きを調節する仕組みが関わります。その中で特に重要なのが「DNAメチル化」という仕組みです。DNAメチル化は、遺伝子のスイッチをオフにして働きを抑える役割があります。DNAメチル化状態を正しく維持するためには、Dnmt1という酵素が必要です。しかしながら、Dnmt1が骨や軟骨でどのように働くかはこれまで不明でした。そこで、本研究では、Dnmt1が骨の成長にどのような役割を担っているのか明らかにすることを目的としました。研究チームは、骨の発達におけるDnmt1の役割を調べるために、「MSK-KP」という筋骨格系データベースを使い、DNMT1と人の特徴との関係を調べました。その結果、DNMT1の遺伝子の変化は「身長」と特に強く関係していることがわかりました。 そこで、四肢の間葉系細胞(軟骨細胞の前駆細胞)特異的に、Dnmt1を欠損させるマウス(変異マウス)を作出し、四肢の骨の長さを観察しました。その結果、対照マウスと比較して、変異マウスでは、脚の骨である脛骨の長さが半分以下に短縮しました。1週齢のマウスの発達途中の脛骨を、より詳細に解析した結果、Dnmt1は骨の伸長に重要な成長板軟骨の増殖軟骨層(PZ)に存在していることが明らかになりました。さらに変異マウスではPZの割合が減少し、成熟した軟骨である肥大軟骨層(HZ)の割合が増加、さらに骨へと置き換わる過程である石灰化の亢進が観察されました。これらの結果は、変異マウスで軟骨細胞の成熟が促進していることを示しています。このDnmt1が減少したことを起因とする成長板軟骨の異常および骨長の短縮の原因を究明するために、対照マウスと変異マウスの関節軟骨のRNAシーケンスおよびメチル化DNA領域シーケンスを実施し、Dnmt1が直接発現を制御している遺伝子の同定を試みました。その結果、Dnmt1は細胞内のエネルギー代謝に関わる遺伝子のスイッチングに関係していることが明らかとなりました。実際に、変異マウスの軟骨細胞内エネルギー代謝は亢進しており、エネルギー代謝を抑制すると、変異マウスで促進していた軟骨細胞の成熟を抑えることができました。最後に、このDnmt1によるエネルギー代謝制御機構がヒトの軟骨細胞においても働いているのか確認するために、手術で廃棄される軟骨組織から軟骨細胞を単離し、実験を行いました。ヒトの軟骨細胞のDnmt1を3パターンの実験的手法で減少させると、マウスと同様にエネルギー代謝が亢進し、軟骨細胞の成熟の指標(オステオカルシン)も増加しました。以上の結果から、Dnmt1は成長板軟骨細胞内のエネルギー代謝を制御し、骨の成長を正常に促していることを解明しました。今回の発見により、適切な栄養素の摂取やエネルギー代謝の制御が骨の発育不良や変形性関節症などの予防・治療方法の開発につながることが期待されます。
論文情報
Dnmt1 determines bone length by regulating energy metabolism of growth plate chondrocytes,
Yuta Yanagihara, Masatomo Takahashi, Yoshihiro Izumi, Tomofumi Kinoshita, Masaki Takao, Takeshi Bamba, Yuuki Imai.
Nat Commun 16, 9492 (2025).
https://doi.org/10.1038/s41467-025-65145-9
助成金等
- 日本学術振興会(JSPS)科学研究費(JP20K18066, JP24K19584, JP23689066, JP15H04961, JP19H03786, JP22H03203)
- 日本医療研究開発機構(AMED)「創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(BINDS)」(課題番号 JP24ama121055)
- 文部科学省共同利用・共同研究拠点プログラム「メディカル・リサーチ・センター高度オミクス解析拠点事業」および九州大学生体防御医学研究所の「CURE:JPMXP1323015486」
図表等
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Dnmt1は成長板軟骨細胞内のエネルギー代謝を制御し、骨の成長を正常に維持する
Dnmt1欠損は、軟骨細胞内の正常なDNAメチル化を破綻させ、細胞内エネルギー代謝に関与する遺伝子の発現が亢進させました。その結果、細胞内代謝に異常が生じ、成長板軟骨細胞の分化および石灰化が促進され、骨の成長が阻害されることが明らかとなりました。すなわち、Dnmt1を介した軟骨細胞分化過程における適切なDNAメチル化の維持は、遺伝子発現制御を通じて軟骨細胞内のエネルギー代謝を調節し、軟骨細胞の分化・石灰化のバランスを保つことで、正常な骨の成長を制御していることが示唆されました。[Illustrated by Taro Kuroda (ADRES, Ehime univ.)]
credit : 柳原裕太、今井祐記、愛媛大学
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E-mail : y-imai@m.ehime-u.ac.jp
所属 : 愛媛大学プロテオサイエンスセンター病態生理解析部門
氏名 : 柳原 裕太
電話 : 089-960-5925
E-mail : yanagihara.yuta.mu@ehime-u.ac.jp
所属 : 愛媛大学プロテオサイエンスセンター病態生理解析部門
