分子が曲がり、性質が変わる!酸化で姿を変えるナノグラフェン

ピロール縮環アザナノグラフェンが示す、酸化状態に応じた構造変化と電子特性を解明

【研究のポイント】
・アントラセン骨格に8つのピロール環を縮環させた新規アザナノグラフェン分子を合成。
・分子の両端に「ガルフ型エッジ」と呼ばれる深い湾曲部位を有し、非平面で“はしご型”に曲がった構造を形成。
・酸化状態により分子構造と電子状態が劇的に変化:2電子酸化体は開殻型(ラジカル性)、4電子酸化体は閉殻型(芳香族性)を示す。
・π共役系分子の「形」と「電子構造」の関係解明に新しい道を拓く成果。

【研究の概要】
愛媛大学大学院理工学研究科の髙瀬 雅祥教授らの研究グループは、アントラセン骨格に8つのピロール環を縮環させた新しいπ共役系分子「ピロール縮環アザナノグラフェン(fOPA)」の合成に成功しました。この分子は、分子外周に「ガルフエッジ」と呼ばれる深い湾曲部位を2か所もつ独特な構造をしており、その立体的な歪みにより、全体が“はしご状に曲がる”珍しい形態を示します。
電気化学測定および分光測定の結果、fOPAは4電子まで可逆的に酸化されることが分かりました。特に、2電子酸化状態ではスピンが分離した一重項ジラジカル(開殻状態)を、4電子酸化状態では全体が環状に芳香族化した閉殻構造を示すことを明らかにしました。これらの性質は、分子の形状や酸化状態が電子構造に大きく影響することを示しており、今後の高機能有機電子材料や分子スイッチの設計に新たな指針を与えるものです。
本成果は、2025年9月8日付でアメリカ化学会誌Organic Lettersの特集号「π-Conjugated Molecules and Materials」オンライン版に掲載されました。また、同誌の2025年10月3日発行、第27巻第39号の表紙絵にも採択されました。

グラフェンをはじめとする炭素系π共役分子は、その構造の微妙な違いが電子状態や光学特性に大きく影響するため、次世代の有機半導体や分子デバイス材料として盛んに研究されています。特に「ナノグラフェン」と呼ばれる分子レベルのグラフェン断片では、分子の形状や周囲の「エッジ(端部)」の形が、電子の流れ方や磁性などを大きく左右します。
今回、髙瀬 雅祥教授らの研究グループでは、窒素を含むピロール環を8個導入したアントラセン誘導体「fOPA(fused octapyrrolylanthracene)」を開発しました。この分子は、わずか2段階の反応で合成可能でありながら、一般的なπ共役系分子にみられる平面構造ではなく、分子両端の「ガルフエッジ」部位が立体的に干渉することで、はしご型に曲がった非平面構造をとることが明らかになりました。X線結晶構造解析と量子化学計算により、この湾曲は立体反発に起因していることが確認されました。
さらに、電気化学測定によってfOPAが4段階の可逆的な酸化応答性を示すことが判明し、酸化数の変化によって電子構造が劇的に変化することがわかりました。二電子酸化状態では、分子の両端にスピンが局在する「一重項ジラジカル」電子状態をとり、スピンが部分的に非局在化した「開殻」構造を持ちます。一方、四電子酸化状態では、電子が分子全体に広がり、環状共役に伴う「グローバル芳香族性」が出現することをNMR・ESR測定およびACID/NICS計算によって実証しました。
このように、fOPAは分子形状の湾曲と酸化状態の変化が密接に連動した、これまでにない性質を示しました。この特徴は、分子単位で電子状態を自在に制御できる「レドックス応答性有機材料」の開発に直結するものであり、将来的には分子スイッチ、光応答材料、さらには量子デバイスなどへの応用が期待されます。

参考 URL1: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.orglett.5c03278

論文情報

タイトル:Pyrrole-Fused Aza-Nanographene with Two Gulf-Edge Regions as Flexible Sites
著者:Takayuki Matsunaga(愛媛大学), Kosuke Oki(愛媛大学), Shigeki Mori(愛媛大学), Tomohiko Nishiuchi(大阪大学), Masahiro Higashi(名古屋大学), Takashi Kubo(大阪大学), Tetsuo Okujima(愛媛大学), Hidemitsu Uno(愛媛大学), Masayoshi Takase(愛媛大学)(責任著者)
掲載誌:Organic Letters 2025, 27, 11005–11010
DOI:10.1021/acs.orglett.5c03278
掲載日:2025年9月8日

助成金等

  • 日本学術振興会 科学研究費補助金(JSPS KAKENHI)JP24K01470, JP23H03964, JP20H02725, JP20H05839
  • 長瀬科学技術振興財団
  • 松永財団 愛媛大学リサーチユニット 「円環型π電子系の分子性物質創成研究ユニット」https://org-pi.sci.ehime-u.ac.jp

図表等

  • ピロール縮環アザナノグラフェン(fOPA)の酸化に伴う構造変化と電子状態の可逆的制御

    ピロール縮環アザナノグラフェン(fOPA)の酸化に伴う構造変化と電子状態の可逆的制御

    ピロール縮環アザナノグラフェン(fOPA)は、湾曲した“はしご型”構造をもち、酸化により開殻ジラジカル状態から芳香族閉殻状態へ可逆的に変化する。

    credit : アメリカ化学会
    Usage Restriction : 使用許可を得てください

  • 分子が曲がり、性質が変わる- 酸化で姿を変えるナノグラフェン-

    分子が曲がり、性質が変わる- 酸化で姿を変えるナノグラフェン-

    本表紙絵では、広範な共役系をもつ新規アザナノグラフェン分子を紹介しており、特定の位置に配置された2つの「エッジ部」が特徴です。2電子酸化によりジラジカル種が生成し、不対電子の分布が視覚的に表現されています。デザインには四国の輪郭もさりげなく組み込まれており、分子の構造と研究の発祥地の両方を象徴しています。

    credit : アメリカ化学会
    Usage Restriction : 使用許可を得てください

問い合わせ先

氏名 : 髙瀬 雅祥
電話 : 089-927-9610
E-mail : takase.masayoshi.ry@ehime-u.ac.jp
所属 : 愛媛大学大学院理工学研究科(理学部)