溶媒でねじれが反転する光る分子のキラリティー制御

クロロホルムとジクロロメタンの混合比を識別可能な発光性分子の開発に成功

【研究のポイント】
・高発光性ペリレンジイミド(PDI)を用いた光学活性プロペラ型分子の簡便合成に成功。
・高い円偏光発光(CPL)輝度を実現し、光学活性分子の新たな設計指針を提案。
・溶媒の種類によってねじれ方向(プロペラキラリティ−)が反転する現象を発見。
・クロロホルムとジクロロメタンの混合比を識別可能な応答性を実現。
・環境応答型分子デバイスや光機能材料への応用が期待される。

【研究の概要】
愛媛大学大学院理工学研究科の髙瀬 雅祥教授、宇野 英満特命教授らの研究グループは、溶媒の種類に応じてねじれ方向(プロペラキラリティー)が反転する発光性プロペラ型分子の開発に成功しました。
髙瀬 雅祥教授らの研究チームでは、強い発光を示す色素「ペリレンジイミド(PDI)」を6枚羽根のように配置した構造を設計し、それぞれの羽根の上に不斉補助基を導入することで、光学活性(右巻き・左巻き)となる分子を合成しました。この分子は、高い発光効率と異方性を併せ持ち、高輝度の円偏光発光(CPL)を示します。さらに、この分子のプロペラキラリティーが溶媒によって反転することを発見しました。特に、極性や構造が非常によく似たクロロホルム(CHCl3)とジクロロメタン(CH2Cl2)間で、発光の回転方向が完全に反転するという前例のない現象が確認されました。本研究は、外部環境に応じて分子の構造・発光特性を可逆的に制御できる新しい分子設計指針を示すものであり、今後は光スイッチング素子、環境応答型センサー、偏光ディスプレイ、量子光学材料などへの応用が期待されます。
研究成果は、2025年5月28日付(オンライン速報版)でWiley出版誌 Angewandte Chemie International Edition に「Hot Paper」として掲載されました。

近年、光の回転方向(右回り・左回り)をもつ円偏光発光(CPL)を示す分子材料は、3Dディスプレイ、情報記録、量子通信などの分野で注目されています。なかでも、溶媒、光、電場などの環境変化に応答してキラリティーを切り替えることができる分子は、次世代のスマートマテリアルとして期待されています。
今回、髙瀬 雅祥教授らの研究チームは、高発光性色素として知られるペリレンジイミド(PDI)を6枚羽根のように配置したプロペラ型分子を設計・合成しました。この分子は、不斉補助基をもつPDI誘導体からわずか1段階の化学反応で高収率に得られ、光学活性なねじれ構造を自発的に形成します。測定の結果、この分子は高いCPL輝度(BCPL値=103–369 M-1 cm-1)を示すことが明らかになりました。
さらに、このプロペラ型分子のプロペラキラリティーが溶媒によって反転する現象を発見しました。クロロホルム(CHCl3)中とジクロロメタン(CH2Cl2)中では異なるねじれ構造をとり、それに伴いCPLの符号も反転します。円二色性(CD)およびCPL測定に加え理論計算を行った結果、この反転は分子内部のフェネチル基が溶媒との相互作用によって回転し、分子全体のねじれ方向が切り替わることに起因することが明らかになりました。
このように、わずかな溶媒環境の違いで分子のキラリティーと光学応答を可逆的に制御できることは、従来の固定的なキラル分子設計とは異なる新しいアプローチです。本研究は、「外部環境によって動的にキラリティーを制御する」分子設計の原理を提示するものであり、将来的には光スイッチング材料や分子センサー、偏光デバイス、さらには量子光学素子への応用が期待されます。

参考 URL1: https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/anie.202509190

論文情報

タイトル:Solvent-Induced Chirality Inversion in Propeller-Shaped PDI Oligomers with Bright Circularly Polarized Luminescence
著者:Yuma Tanioka(愛媛大学), Masayoshi Takase(愛媛大学), Mashiro Hamasu(愛媛大学), Shogo Hata(愛媛大学), Kohei Hashimoto(愛媛大学), Shigeki Mori(愛媛大学), Yukihide Ishibashi(愛媛大学), Yuki Nukumi(京都大学), Masahiro Higashi(名古屋大学), Hirofumi Sato(京都大学), Tetsuo Okujima(愛媛大学), Hidemitsu Uno(愛媛大学)(責任著者)
掲載誌:Angewandte Chemie International Edition 2025, e202509190
DOI:10.1002/anie.202509190
掲載日:2025年5月28日

助成金等

  • 日本学術振興会 科学研究費補助金(JSPS KAKENHI)(JP24K01470, JP23H03964, JP20H02725, JP23H04876, JP20H05839, JP23H04587, JP19K05422, JP25KJ1893)
  • 長瀬科学技術振興財団
  • 高橋産業経済研究財団
  • 計算科学研究センター(24-IMS-C018)
  • 松永財団 愛媛大学リサーチユニット 「円環型π電子系の分子性物質創成研究ユニット」https://org-pi.sci.ehime-u.ac.jp

図表等

  • 溶媒によってねじれが反転するプロペラ型PDI6量体:明るい円偏光発光を示す新しいキラル分子

    溶媒によってねじれが反転するプロペラ型PDI6量体:明るい円偏光発光を示す新しいキラル分子

    プロペラ型ペリレンジイミド(PDI)6量体は、溶媒によってねじれの向き(プロペラキラリティー)が反転し、円偏光発光(CPL)の符号と強度が変化する。溶媒によるキラリティ制御は、新しい応答性キラル材料設計の指針となる。

    credit : Wiley
    Usage Restriction : 使用許可を得てください

問い合わせ先

氏名 : 髙瀬 雅祥
電話 : 089-927-9610
E-mail : takase.masayoshi.ry@ehime-u.ac.jp
所属 : 愛媛大学大学院理工学研究科(理学部)