天の川銀河内の恒星質量ブラックホールのダイナミックな活動
~X線分光撮像衛星 XRISM による精密観測~
【研究のポイント】
・JAXA が中心となって開発した最新の X 線分光撮像衛星 XRISM で、天の川銀河のブラックホールを詳細観測・分析
・かつてない精度で X 線のエネルギーを計測できる XRISM により、これまでで最も「暗い」状態において、電離したガスの吸収の兆候をとらえることに成功
・ブラックホールをとりまく高温ガスの複雑な分布や運動の様子が明らかになり、ブラックホールのダイナミックな活動の理解が進展
【研究の概要】
愛媛大学の志達めぐみ准教授、福岡教育大学の水本岬希講師、ミシガン大学の Jon M. Miller 教授らからなる研究グループは、我が国の JAXA が中心となって開発し 2023 年に 打ち上げられた X 線分光撮像衛星 XRISM(クリズム)による、私たちの住む天の川銀河にあるブラックホール X 線連星 4U 1630-472 の観測結果を発表しました。
この天体は、太陽の数倍〜10倍程度の質量を持つブラックホールと普通の恒星からなる連星系で、ある時期にのみ X 線で非常に明るく輝き活発に活動します。XRISM の観測は 4U 1630-472 の活動期の終わり際に行われ、これまでの観測史上、最も X 線で暗い状態 で、光電離したガスによる吸収線を検出することに成功しました。これは、高い性能を持つ XRISM だからこそ達成することができた成果です。今回の観測の結果、ブラックホール周囲の降着円盤を取り巻く高電離ガスの分布や運動の様子が明らかになりました。X 線放射が弱まった状態でも、高電離の吸収線が存在することを示すこの成果は、ブラックホールの活動の理解において重要な手がかりとなります。
【背景】
我々の住む宇宙には、大小さまざまな質量のブラックホールが見つかっています。その中でも、特に活動的で劇的な変化を示すことで有名なものが、「ブラックホール X 線連星」です。ブラックホールX線連星は、太陽の数倍から数十倍程度のブラックホールと太陽のような通常の恒星がペアを組み、お互いの周囲を回り合う連星系です(図1)。ブラックホールの強い重力により、ペアの星からブラックホールに向かってガスが落ち込み、降着円盤と呼ばれる高温のガス円盤がブラックホール周囲に形成されます。ブラックホールのすぐ近くでは、降着円盤のガスの温度は1000万度近くに達し、強いX線を放ちます。このような天体は、私達の住む天の川銀河の中に、候補天体も含めて100個ほど知られています(ブラックホールとして昔からよく知られている白鳥座X-1もその一つです)。
これまでに見つかったブラックホールX線連星の多くは、突発的に明るくなるタイプの天体です。ブラックホール近傍からのX線は普段は弱すぎてほとんど観測できませんが、数年〜数十年に一度、突然ブラックホールに向かって大量のガスが落ちることで急激に増光し、時には1週間で1万倍以上も明るくなります。このとき、ガスの一部が外向きに加速され、降着円盤面に沿ったウインド(風)が噴き出すこともあります。しかし、増光中に見られるこれらの活動の仕組みはいまだに謎だらけです。
こうした活動的なブラックホールから周囲に放たれる強い電磁波やガスは、周囲の環境に大きな影響を及ぼしている可能性があります。銀河の中心に見られる、太陽質量の数百万倍を超える超巨大ブラックホールでも、ブラックホールX線連星と同様に強い放射やガス噴出が観測されており、星形成や銀河の進化に深く関係していることが示唆されています。そのため、ブラックホールの活動の謎を解明することは、宇宙の歴史をひもとく手がかりになると期待されます。
【XRISM による観測とその成果】
我々は、XRISMが本格観測を開始した直後の2024年2月16日〜17日に、じょうぎ座の方向に位置するブラックホールX線連星4U 1630-472を、およそ25時間にわたって観測しました。この天体は、大体2年に1度ほど増光を引き起こすことが知られており、XRISMの観測では、増光期の終わり頃、静穏状態に戻る一歩手前のX線光度が低くなった時期をとらえました。
ブラックホールX線連星の増光の時期や増光中の明るさの変化の仕方は、多くの場合、事前に正確に予測することが困難です。一方で、X線衛星の観測スケジュールは、通常1〜2週間前までには細かく決められます。そのため、こうした天体の突発的な現象を観測するためには、いち早くその変化を察知し、衛星の観測計画を変更する必要があります。我々は、XRISM以外の広い視野を持つX線観測装置を使って複数のブラックホールX線連星を日々監視し、衛星運用チームと緊密に連携することで、天体が暗くなってXRISMではとらえられなくなる前に、タイミングよく観測を実施することに成功しました。
今回の観測の結果、XRISMに搭載された軟X線7分光装置Resolveにより高電離の鉄による吸収線を検出することができました(図2)。この観測が行われた時期は、天体は減光しており静穏期に戻りつつあり、最も明るい時期に比べて数十分の1ほどの明るさになっていました。これほどX線放射が弱まった時期にブラックホールX線連星の吸収線を検出し、詳細構造まで分解できたのは世界初の成果です。さらに、観測期間の後半には、前半と比べてX線の明るさ自体はほとんど変わっていないにもかかわらず、鉄による吸収が前半より強くなっていることがわかりました。
一方で、詳しい解析の結果、吸収線の原因となっている電離ガスは、降着円盤の外側部分(ブラックホールから離れた部分)に位置していることがわかりました。このガスの速度はおよそ秒速200km以下であり、過去の明るい時期に観測された高速のウインドに比べて数分の1以下の非常に遅い速度であることがわかりました。この速さではブラックホールの重力から逃れられないため、降着円盤の上にとどまっているガスであると考えられます。また、観測の後半に吸収が強くなったのは、降着円盤の縁に局所的に膨らんだガスの塊が形成され、それが私達の観測方向に重なりX線を遮ったためと解釈できます。このガスの塊の正体 としては、相手の星から流れてきたガスが降着円盤にぶつかったときに、その衝撃で広がってできた塊の可能性があります。
Resolveのかつてない分光性能により、降着円盤の内側(ブラックホール近傍)のX線放射領域をとりまく、高温ガスの複雑な分布や運動の様子を調べることができました。これらのガスは、やがてブラックホールに向かって落ちるか、あるいはウインドとなって宇宙空間に広がっていくかもしれず、今後のブラックホールのダイナミックな活動を理解するための重要な情報です。
【今後の展望】
今回観測された主要な吸収線から推定すると、高温ガスはウインドとして連星系の外へ噴き出してはいないことがわかりました。一方、今回より明るい時期には、およそ1000km/sのスピードで噴き出すウインドが観測されています。X線光度や降着円盤のガスの状態がどのような条件を満たすときに、ガスが加速されて高速のウインドが噴き出すのでしょうか?また、どのくらいのガスやエネルギーが宇宙空間にまき散らされるのでしょうか?これらを明らかにすることが、我々の次なる大きな目標です。増光中の様々な明るさでXRISMの観測を行うべく観測体制を整え、次に起こるブラックホールX線連星の増光を待ち構えています。
参考 URL1: https://iopscience.iop.org/article/10.3847/2041-8213/ade25c
論文情報
XRISM Spectroscopy of the Stellar-Mass Black Hole 4U 1630-472 in Outburst,
Jon M. Miller, Misaki Mizumoto, Megumi Shidatsu, et al.,
The Astrophysical Journal Letters, 988, id.L28,
doi:10.3847/2041-8213/ade25c, 2025 (July 20)
助成金等
- JSPS科研費 JP21K13958, JP19K14762, JP23K03459, JP20H01946, JP20K04009, JP24K17105, JP24K17104
- NASA grant 80GSFC21M0002, 80NSSC20K0733, STFC grant ST/T000244/1
- JSPS 研究拠点形成事業 (JPJSCCA20220002), Yamada Science Foundation
図表等
-
ブラックホールX線連星の想像図
ブラックホール(右の円盤中心にある小さい黒点)の強い重力により、連星系の相手の星(左)のガスが引き寄せられ、回転しながらブラックホールに落ちる過程で高温のガス円盤(降着円盤)をブラックホール周囲に形成する。
credit : JAXA
Usage Restriction : 著作権を明記してください -
XRISM衛星Resolve検出器で得られた X 線スペクトル(青:観測前半・赤:観測後半)と Chandra衛星HETGS検出器で過去に得られたスペクトル(灰色)。赤のスペクトルについては、比較しやすくするために下方向にずらして表示(X線の強さを真の値のおよそ6割に減らして表示)しており、実際には青のスペクトルと 6.7keV付近と6.9-7.0keV付近の吸収線を除いてほぼ一致している。
credit : JAXA
Usage Restriction : 著作権を明記してください -
吸収線とその変化の起源
観測期間全体にわたって、ブラックホールからおよそ1万km付近に広がった電離ガスが降着円盤の上に分布していると考えられる。また、相手の星から落ちてきたガスと降着円盤がぶつかる場所で、衝突により円盤面と垂直方向に電離ガスの塊が形成されており、観測後半にはその塊が連星系の軌道運動とともに私達の観測している方向に重なり、そのガスがX線をさらに吸収することで吸収線がより深くなったと解釈される。
credit : JAXA
Usage Restriction : 著作権を明記してください
問い合わせ先
氏名 : 志達 めぐみ
電話 : 089-927-9585
E-mail : shidatsu.megumi.wr@ehime-u.ac.jp
所属 : 愛媛大学先端研究院 宇宙進化研究センター(RCSCE)