Al, H含有スティショバイトの相転移を通じた中部~下部マントルにおける地震波散乱体の複雑な特徴の解明

【研究のポイント】
・Al, Hを含むスティショバイトの相転移を、高温高圧条件下で複数の手法を用いて調べた。
・AlとHの取り込みは、300 Kでの相転移圧力を大きく下げるが、クラペイロン勾配にはほとんど影響しない。
・SiO₂中のAl含有量が0〜0.07 a.p.f.u変わることで、環太平洋地域の地震波散乱体の深さ分布(800〜1900 km)を説明できる。

【研究の概要】
沈み込んだ海洋地殻は、下部マントルの不均質性の主要な起源であると考えられている。しかし、沈み込んだ海洋地殻中の主要構成鉱物の物性に関する知見が限られているため、関連する地球物理学的異常の複雑な特徴を十分に理解することが困難となっている。本研究では、Al, Hを含むスティショバイトの相転移を高温高圧条件下で包括的に調査した。この結果は、中部から下部マントルにかけて観測される地震波散乱体の複雑な深さ分布の理解に貢献するものである。

地震学的研究により、中部から下部マントル(深さ700~1900 km)にかけて、低S波速度(VS)異常および深さ方向に複雑な変化を示すさまざまなスケールの地震波散乱体が同定されている。これらの散乱体の形成機構を解明することは、マントルのダイナミクスや化学進化を理解するうえで極めて重要である。先行研究においては、これらの散乱体の形成が、沈み込んだ海洋地殻中のSiO₂の構造相転移(スティショバイトからポストスティショバイトへの転移)に関連しており、さらにAlおよびHの含有量が相転移深度に影響を及ぼす可能性が示唆されている。しかし、Al, Hを含むスティショバイトの相転移に関するこれまでの実験は、高圧・常温(300 K)の条件下でのみ実施されており、沈み込んだ海洋地殻の組成変化と下部マントルにおける小規模散乱体との関係を定量的に評価するには不十分であった。
本研究では、Al, Hを含むスティショバイトの相転移を、高温高圧条件下で詳細に調査した。その結果、H/Al比がおよそ1/3の条件下で、スティショバイトに0.01 a.p.f.u(atoms per formula unit)のAlが取り込まれると、相転移圧力が6.7(3) GPa低下することが明らかとなった。一方で、相転移のクラペイロン勾配(Clapeyron slope)はAl含有量の変化による影響をほとんど受けず、その値は12.2~12.5(3) MPa/Kであった。本研究の結果によれば、SiO₂中のAl含有量が0~0.07 a.p.f.uの範囲で変化することで、環太平洋地域で観測される地震波散乱体の深さ分布(800~1900 km)を合理的に説明できることが示された。これらの成果は、下部マントルにおける小規模散乱体の形成およびそれに関連するダイナミックなプロセスを理解するための重要な実験的証拠を提供するものである。

参考 URL1: https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1029/2024GL114146

論文情報

Unraveling the complex features of the seismic scatterers in the mid‐lower mantle through phase transition of (Al, H)‐bearing stishovite,
Yingxin Yu, Youyue Zhang, Luo Li, Xinyue Zhang, Denglei Wang, Zhu Mao, Ningyu Sun, Yanyao Zhang, Xinyang Li, Wancai Li, Sergio Speziale, Dongzhou Zhang, Jung-Fu Lin and Takashi Yoshino,
Geophysical Research Letters, 52(14), e2024GL114146,
doi: 10.1029/2024GL114146, 2025 (July 18)

助成金等

  • JSPS科研費 JP21H04996, JP24K17148
  • National Natural Science Foundation of China. Grant Numbers: 42425202, 42272036, 42241117

図表等

  • 環太平洋地域における中部~下部マントルの地震波散乱体の複雑な深さ分布と、AlおよびH含有量の変化によって影響を受けるポストスティショバイト転移深度

    環太平洋地域における中部~下部マントルの地震波散乱体の複雑な深さ分布と、AlおよびH含有量の変化によって影響を受けるポストスティショバイト転移深度

    (a) Al含有量の違いによるスティショバイト―ポストスティショバイト間の相境界。等高線は、H/Al比が約1/3の場合におけるAl含有スティショバイトの相境界を示す。地温勾配(geotherm)はKatsura (2022) に基づく。
    (b) 環太平洋地域における下部マントルの地震波散乱体の深さ分布ヒストグラム(He & Zheng, 2018; Kaneshima, 2019; Li & Yuen, 2014; Niu, 2014; Niu et al., 2003; Vanacore et al., 2006; Yang & He, 2015; Yuan et al., 2021 を参照)。
    (c) 環太平洋地域周辺の中部~下部マントルに分布する地震波散乱体の地図。各点の色は、観測された散乱体の深さを説明するためにSiO₂中に必要とされるAl含有量を示す。Al含有量の推定は、H/Al比が約1/3、および通常のマントル地温勾配の条件下で行った。図(a)および(c)のカラーバーは同一である。

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