地震の発生頻度は岩石にかかる力の大きさを反映することを解明

愛媛大学先端研究院地球深部ダイナミクス研究センターの大内智博准教授、入舩徹男教授、高輝度光科学研究センターの肥後祐司博士と理化学研究所の矢橋牧名博士などからなる研究チームは、大地震発生のリスク評価につながる実験に成功しました。以前より、実験室におけるモデル実験では、ミニ地震の発生は岩石が受ける力の大きさ(差応力)が過去に受けた力の最大値を更新した場合に限られることが知られていました(カイザー効果)。仮にカイザー効果が実際の地震に対しても成り立つのであれば、地震が頻発する状況は「地下の岩石がかつてないほどの力を受けている」ことを意味するため、大地震発生のリスクが高まっていると解釈できます。しかし技術的な問題から、実際に地震が発生する高温高圧環境下にてカイザー効果が成立するかどうかを検証することは困難でした。地震発生をもたらす岩石の破壊現象は秒単位で進行しますが、そのような時間分解能にて破壊現象を観察するのは高温高圧下では困難だったためです。
本研究チームは、大型放射光施設SPring-8の強力な次世代X線と高温高圧発生装置を組み合わせて用いることで、高温高圧環境にてサブ秒オーダーで進行する岩石の破壊現象の観察に成功しました。高温高圧環境でも差応力が上昇しつづける場合にはミニ地震が発生し、差応力が低い状態ではミニ地震の発生が休止することを示しました(カイザー効果の成立)。ただし差応力が過去最大値を下回っていても、差応力が高い状態が維持されればミニ地震は発生しうるといった例外的な結果も確認されました(カイザー効果からの逸脱)。以上の結果は、高温高圧環境にて地震が頻発する状況は「地震発生場の岩石がある一定程度の強い力を受けている状態」であると解釈することができます。今後、種々の環境下において微弱地震の発生頻度と差応力に相関関係が見い出せれば、大地震発生の評価への応用が可能になるものと期待されます。

地震発生予測技術の実用化は、地震大国である我が国にとって悲願です。これまで、大地震の前兆現象の有無について経験的・統計的な観点から検討され続けてきました。その結果、予測の指標となりうる観測値(例えばグーテンベルク・リヒター則のb値)が見い出されていますが、いずれの指標も防災に応用できる程の高い有効性はありません。そもそも、経験的・統計的な観点から得られた“指標”は、「なぜそれが指標となりうるのか?」といった問いに明確に答えることができません。
一方、物質科学的に裏付けされた地震発生予測の指標があれば、より信頼しうる指標となりえます。カイザー効果は、その代表例です。カイザー効果はもともと1950年にドイツのカイザー博士によって金属の変形・破壊のプロセスにて見い出された現象で、その物質が受ける力が過去に受けた力の最大値を超えた場合に破壊が発生する、というものです。岩石でも同様にカイザー効果が成り立つことが知られており、常温常圧の実験室におけるミニ地震の発生は岩石が受ける差応力が過去最大値を更新した場合に限られます。仮にカイザー効果が実際の地震発生場でも成り立つのであれば、微弱地震が頻発する状況は「地下の岩石がかつてないほどの力を受けている」ことを意味します。これはすなわち、大地震発生の可能性が高まっていることを示唆することとなります。このような背景から、カイザー効果に関する研究は防災への応用が期待されます。これまで多くの研究がなされてきましたが、地下10~700 kmに位置する地震発生場の高温高圧環境下(200~1000℃、0.3~25万気圧)での実験は行われてきませんでした。そのような環境下にて、サブ秒単位(1秒以下)で進行する破壊現象を連続的に観察するのは技術的に困難だったためです。
愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)の大内智博准教授を中心とする本研究チームは、稍(やや)深発地震(図1)が多発する深さ60~90 kmのプレート内部の温度圧力条件下(600~900℃、2~3万気圧)でのカンラン石の変形実験を大型放射光施設SPring-8のビームラインBL15XU 及びBL04B1にて行いました(図2)。特にBL15XUでは強力な次世代X線と高温高圧発生装置(マルチアンビル装置)を組み合わせて用いることで、高温高圧下にてサブ秒単位で進行するカンラン石の破壊現象の観察に成功しました。実験ではGRCで独自に開発した高圧力環境用の測定技術を用い、カンラン石試料を押しつぶした際に発生する『アコースティック・エミッション(AE)』という音波を検出しました。これは実験室における“ミニ地震”に相当し、自然地震を実験室で模した状況を再現できたことになります。
実験では、差応力が過去最大値を更新しながら上昇しつづける場合にはミニ地震が発生し、差応力が低い状態ではミニ地震の発生が休止するという結果が得られました(図3)。この結果はカイザー効果の定義と一致します。しかし一方で、カイザー効果の定義から外れる結果も得られました(差応力が過去最大値を下回っている場合でも、ある程度差応力が高い状態が維持され続ける場合にはミニ地震は発生する)。以上の結果は、高温高圧下にて微弱地震が頻発する状況は、どちらの場合であっても「地震発生場の岩石がある一定程度の強い力を受けている状態」であると解釈することができます。
本研究では微弱地震の発生頻度における差応力の効果を検証しましたが、微弱地震の発生頻度は他の効果(例えば地下水の侵入など)によっても影響を受けるものと予想されます。そのため、防災への応用には本研究のような基礎実験を継続して積み重ねていく必要があります。今後、室内実験の結果と地震観測の結果を合わせることによって、大地震発生の可能性評価への展望が期待されます。

参考 URL1: https://doi.org/10.1029/2025GL114960

論文情報

A Stress Memory Effect in Olivine at Upper Mantle Pressures and Temperatures
Tomohiro Ohuchi, Yuji Higo, Noriyoshi Tsujino, Sho Kakizawa, Yusuke Seto, Yoshio Kono, Hirokatsu Yumoto, Takahisa Koyama, Hiroshi Yamazaki, Yasunori Senba, Haruhiko Ohashi, Ichiro Inoue, Hiroyuki Ohsumi, Yujiro Hayashi, Makina Yabashi, and Tetsuo Irifune
Geophysical Research Letters, 52, e2025GL114960,
doi:10.1029/2025GL114960

助成金等

  • JSPS科研費19H00722、23H00147
  • 三菱財団202310008

図表等

  • 【図1】日本列島下に沈み込むプレートと稍深発地震

    【図1】日本列島下に沈み込むプレートと稍深発地震

    稍深発地震とは、深さ50~300kmにて発生する地震のことを指す。稍深発地震のほとんどは、日本をはじめとした沈み込み帯において、地球深部へと沈み込むプレートの内部にて発生する。稍深発地震は、プレート内部にて「二重深発地震面」という地震発生場を形成する。

    credit : 大内 智博
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  • 【図2】マルチアンビル装置(左)と高温高圧力下でのアコースティック・エミッション検出技術の概要(右)

    【図2】マルチアンビル装置(左)と高温高圧力下でのアコースティック・エミッション検出技術の概要(右)

    マルチアンビル装置では、超硬合金製の高圧発生用アンビルを上下左右の6方向に配置し、その中心に配置した立方体の高圧力発生容器(ピンク)内のカンラン石試料に高圧力を加える。カンラン石の破壊の際に発生する特徴的な音波である『アコースティック・エミッション』を高圧発生用アンビルの背面に張り付けた計6個のセンサーで検出する。

    credit : 大内 智博
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  • 【図3】温度880℃、圧力2.3万気圧におけるカンラン石試料の変形実験の結果の一例

    【図3】温度880℃、圧力2.3万気圧におけるカンラン石試料の変形実験の結果の一例

    変形中には差応力が上昇する(白)。変形を定期的に一時停止することにより、差応力は低下する(水色)。試料の変形がある程度進行すると(ひずみ0.08以上)、アコースティック・エミッション(AE)が発生した。ただしAE発生は差応力が上昇する過程(白)に限定されており、差応力が低下する過程(水色)ではAEは発生しなかった(カイザー効果の成立)。ただし試料が大きく変形すると(ひずみ0.2以上)、カイザー効果の定義に反して差応力が過去最大値未満の状態でもAEが発生した。なお、差応力はカンラン石の複数の回折線(茶:021、ピンク:130、オレンジ:131)より決定しているため、回折線の種類によって得られる応力値は多少異なる。

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問い合わせ先

氏名 : 大内 智博
電話 : 089-927-8159
E-mail : ohuchi.tomohiro.mc@ehime-u.ac.jp
所属 : 愛媛大学先端研究院地球深部ダイナミクス研究センター