粘土コロイドを用いた高効率光エネルギーアップコンバージョン
光エネルギーの高度利用をめざした有機修飾合成ヘクトライトのグリーン溶媒系可溶化剤としての応用
【研究のポイント】
・三重項-三重項消滅による光アップコンバージョン(TTA-UC)は、入射光よりも短波長の発光を起こすエネルギー変換である。TTA-UCは太陽エネルギーの高効率化、生体系のその場検出など幅広い応用が期待される。しかしその一方で、実現には高度に設計された反応系が求められる。
・本研究では、グリーン溶媒であるリモネン溶媒中に有機修飾合成ヘクトライトにより高発光性イリジウム錯体を可溶化して、空気下におけるTTA-UCの実現に成功した。その効率は従来報告されている均一溶媒系と比較しても十分に高いものであった。
・さらに、リモネンがキラル溶媒であることに着目して、キラルイリジウム錯体を用いることにより、TTA-UC量子収率に立体選択性があることを見出した。
【研究の概要】
理学部佐藤久子研究員(元理工学研究科 教授)の研究グループは東邦大学医学部山岸晧彦博士、北里大学理学部瀧本和誉助教、日本大学文理学部吉田純准教授らとの共同研究によって、粘土コロイド中における光アップコンバージョン(TTA-UC)系の構築に成功しました。入射光よりも短波長の発光を起こすエネルギー変換を行うUCには高度に設計された反応系が求められます。本研究では、エネルギーの高効率化を狙って陽イオン交換性を有する有機修飾合成ヘクトライトに吸着させた高発光性の陽イオン性イリジウム錯体([Ir(bzq)2(phen)]+(bzqH = benzo[h]quinoline ; phen = 1,10-phenanthroline))を用いました。柑橘類に含まれる天然のリモネン溶媒中においても有機修飾合成ヘクトライトにより陽イオン性ドナーを可溶化でき、TTA-UCを実現できたことに大きな意義が認められます。粘土鉱物とリモネン溶媒との相乗効果によって、空気中においてもアクセプターである9,10-diphenylanthracene(DPA)からの高効率のTTA-UCを実現しました。R-リモネンはグリーン溶媒に属する天然物であり、今後は、環境調和型粘土鉱物とグリーン溶媒を用いて、エネルギー高度利用にむけてさらなる効率向上が望まれます。
シクロメタレート型イリジウム(III)錯体が関与する三重項-三重項消滅光子アップコンバージョン(TTA-UC)が広く注目を集めています。最近では、イリジウム(III)錯体と有機または無機高分子とのハイブリッド系へと研究が拡張されています。しかしながら、粘土鉱物をホスト材料としてコロイド状態での試みはほとんど報告されていない状況です。本研究グループではこれまで陽イオン性ルテニウムRu(II)錯体を用いて合成サポナイトコロイド系でのTTA-UCに成功してきました。
本研究では空気中でのアップコンバージョン効率の高効率化を狙った以下の検討をおこないました。
(1)高発光性をもつ陽イオン性シクロメタレート型イリジウム錯体の利用
(2)立体規則的に吸着できる陽イオン性イリジウム錯体による粘土面における発光強度の増大効果
(3)アップコンバージョンの効率低下を引き起こす酸素の影響を抑制するリモネン溶媒効果
(4)リモネン溶媒中で陽イオン性イリジウム錯体の溶解性をあげるために、有機修飾合成ヘクトライトの利用
本研究では、まず、ドナーとして、高発光特性を持つイリジウム(III)錯体(陽イオン性イリジウム(III)錯体[Ir(bzq)2(phen)]+(bzqH=ベンゾ[h]キノリン、phen=1,10-フェナントロリン))を合成サポナイトに複合化させ、9,10-ジフェニルアントラセン(DPA)をアクセプターとしてTTA-UCを実現しました。コロイド粘土系ではイリジウム錯体の発光強度の増大および、TTA-UCの効率が向上することに成功しました。
次にジオクタデシルジメチルアンモニウムカチオン鎖で修飾された有機修飾合成ヘクトライトにおいて陽イオン性イリジウム錯体との複合化を行いました。その結果、トルエン/リモネンの非プロトン性媒体においてもアップコンバージョンを達成することができました。トルエン溶媒中のみではTTA-UCは低い効率でしたが、R―リモネンと粘土コロイドの相乗効果によって、酸素の影響を抑制することに成功しました。その結果、高い効率のTTA―UCが空気中で達成できました。特にTTA-UCの量子収率はR-リモネンとの相互作用によって、Δ-とΛ- [Ir(bzq)2(phen)]+錯体で異なり、Δ-とΛ-エナンチオマーでそれぞれ7.6±0.5%と5.6±0.5%となりました。標準物質のRu(II)錯体の効率1.2%と比較して高効率化に成功しました。
R-リモネンはグリーン溶媒に属する天然物であり、今回の結果は、粘土鉱物とグリーン溶媒との相乗効果により、エネルギー高度利用に有用であることを実証したと考えられます。また、キラルイリジウム錯体とキラルリモネン溶媒との立体選択的な相互作用による効率化の影響を明らかにしました。
論文情報
Triplet-triplet annihilation up-conversion of cationic iridium(III) complex solubilized by organically-modified hectorite in a green solvent,
Akihiko Yamagishi, Kazuyoshi Takimoto, Risa Ito, Jun Yoshida, Hisako Sato,
Applied Clay Sci. 2025, 272, 107828,
https://doi.org/10.1016/j.clay.2025.107828
助成金等
- JSPS科研費 JP17H03044,JP20K21090,JP22H02033,JP23K23301,JP22K05263,JP22K05054,JP23K13766(K.T),JP23K04783(J.Y)
図表等
問い合わせ先
氏名 : 佐藤久子
電話 : 089-927-9599
E-mail : sato.hisako.yq@ehime-u.ac.jp
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