シャチの危機:DDTがホルモン撹乱

見えない脅威が海洋生態系頂点の捕食者の未来を脅かす

【研究のポイント】
・本研究は、試験管での実験とコンピューターを使った解析を組み合わせることで、シャチを用いた動物実験を行うことなく、化学物質の毒性評価が可能であることを示した。
・試験管内での実験の結果、o,p'-DDTはシャチのエストロゲン受容体α (kwERα)を活性化し、女性ホルモン様作用を示すことが明らかになった。
・コンピューター解析により、DDTsがkwERαに結合するメカニズムが明らかになった。
・アイルランドとカナダ北極圏のシャチの体内DDTs濃度は、ホルモン撹乱を引き起こす可能性のあるレベルであると予想された。

【研究の概要】
シャチは、食物連鎖の頂点に立つ捕食者として、DDTsなどの残留性有機汚染物質(POPs)を体内に高濃度に蓄積しています。 DDTsは、シャチのホルモン作用や生殖に影響を与える可能性があり、そのリスク評価が重要です。 しかし、倫理的な問題から、シャチを用いた実験は困難です。 そこで、本研究では、新たなアプローチ法(NAMs)を用いて、DDTsがシャチのエストロゲン受容体α (kwERα)に与える影響を評価しました。
具体的には、試験管内での実験とコンピュータ解析を組み合わせることで、DDTsがkwERαを活性化し、女性ホルモン様作用を示すことを明らかにしました。 さらに、アイルランドとカナダ北極圏のシャチの体内におけるDDTs濃度は、ホルモン撹乱を引き起こす可能性のあるレベルであることが示唆されました。本研究は、NAMsを用いることで、動物実験に頼らずに化学物質のリスクが評価できる可能性を示しました。

シャチは、海の食物連鎖の頂点に立つ捕食者であり、長寿であるため、DDTsなどの残留性有機汚染物質(POPs)を体内に蓄積しやすく、その影響が懸念されています。DDTsはかつて、殺虫剤として広く使われていましたが、環境や生物への悪影響が明らかになり、現在では多くの国で使用が禁止されています。しかしながら、DDTsは環境中に残留しやすく、食物連鎖を通じて生物の体内に蓄積していくため、シャチのような高次捕食者は特に高い濃度のDDTsを体内に溜め込んでいます。
DDTsは、ホルモン作用をかく乱する物質(内分泌かく乱物質)として知られており、生殖や免疫への悪影響が懸念されています。特に、エストロゲン受容体α(ERα)と呼ばれるタンパク質に結合することで、ホルモンバランスを崩し、生殖機能や免疫機能に異常をきたす可能性があります。
従来、化学物質の毒性評価は、マウスなどの実験動物を用いた試験で行われてきました。一方、シャチのような大型野生動物を用いた実験は倫理的にも技術的にも問題があります。そこで、近年注目されているのが、動物実験の代替法であるNAMs(New Approach Methodologies)です。NAMsは、試験管内での実験やコンピュータシミュレーションなどを活用することで、動物実験に頼らずに化学物質の毒性評価を行うことを目指しています。
本研究では、NAMsを用いて、DDTsがシャチのERα(kwERα)に与える影響を評価しました。具体的には、kwERαを発現させた培養細胞を用いた実験系を構築し、DDTsがkwERαを活性化するかどうかを調べました。さらに、分子ドッキングシミュレーションと呼ばれる手法を用いて、DDTsがkwERαにどのように結合するかをコンピュータ上で解析しました。
その結果、DDTsはkwERαを活性化し、女性ホルモン様作用を示すことが明らかになりました。特に、o,p’-DDTと呼ばれるDDTsの異性体は、kwERαに対して強い活性化能を示しました。さらに、DDTsの活性の強さは分子ドッキングシミュレーションで再現できることもわかりました。また、アイルランドとカナダ北極圏のシャチ体内のDDTs濃度と、試験管内実験でkwERαに影響を与える濃度を比較した結果、シャチ体内のDDTsは女性ホルモン作用の撹乱を引き起こすレベルであることが示唆されました。
本研究は、NAMsを用いることで、シャチを用いた動物実験を行うことなく、化学物質の毒性評価・リスク評価が可能であることを示しました。今後、さらなる研究を進めることで、ERαの活性化に関する詳細な分子メカニズムの解明や、他の化学物質への応用が期待されます。

参考 URL1: https://doi.org/10.1016/j.ecoenv.2025.117761

論文情報

Dave Arthur R. Robledo, Takahito Kumagawa, Mari Ochiai, Hisato Iwata,
New Approach Methodologies (NAMs) to assess killer whale (Orcinus orca) estrogen receptor alpha (ERα) transactivation potencies by DDTs and their risks,
Ecotoxicology and Environmental Safety, 291, 2025, 117761, ISSN 0147-6513,
https://doi.org/10.1016/j.ecoenv.2025.117761.

助成金等

  • JSPS科研費 基盤(S) 26220103、基盤(A) 19H01150、基盤(A) 24H00753
  • JST科研費 JPMJFS2131
  • 文部科学省共同利用・共同研究拠点「化学汚染・沿岸環境研究拠点(LaMer)」

図表等

  • NAMsを用いたシャチに対する化学物質のリスク評価法の概念図

    NAMsを用いたシャチに対する化学物質のリスク評価法の概念図

    credit : 愛媛大学沿岸環境科学研究センター(CMES)
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