微量タンパク質成分の化学構造を明らかにするプロトコルを確立

ゲル電気泳動と質量分析の融合により超高感度解析を実現

【研究のポイント】
・生体内におけるタンパク質の多様な化学構造(プロテオフォーム)を大規模に解析するプロトコルを開発
・プロテオフォームの高分解能な分画処理により高感度解析を実現
・プロテオフォーム情報に基づく疾患診断への応用が期待される

【研究の概要】
愛媛大学学術支援センターの武森信曉講師と武森文子研究員は、ドイツ・キール大学のAndreas Tholey教授とPhilipp T. Kaulich研究員と共に、生体内タンパク質の多様な化学構造(プロテオフォーム)を大規模に解析する手法(PEPPI-MS)に関する詳細な実験プロトコルを発表しました。
現在、ヒトの遺伝子(約22000個)は網羅的に解析することができますが、膨大なヒトプロテオフォームを網羅的に解析する手法は確立されておらず、その全体像は不明です。本研究グループは、SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)を用いたタンパク質サンプルの高分解能な分画処理と、質量分析法を用いたプロテオフォームの高精度な同定技術を組みあわせることにより、極めて高感度なプロテオフォーム解析を可能にするプロトコル(PEPPI-MSプロトコル)を開発しました。PEPPI-MSプロトコルは従来困難であった微量な生体サンプルに含まれるプロテオフォーム成分の大規模解析を可能にしており、医科学領域で近年関心が高まっている疾患プロテオフォーム研究を強力に推進し、プロテオフォーム情報に基づく疾患診断法の開発に貢献することが期待できます。
本成果は2025年1月16日に、国際学術誌「Nature Protocols」のオンライン版に掲載されました。

生体では1つの遺伝子からさまざまな化学構造を持つタンパク質分子である「プロテオフォーム」がつくられ、タンパク質の多様な生理機能を生み出しています。我々ヒトの遺伝子は約22000個であることはすでに知られていますが、ヒトプロテオフォームはさらに多く、その総数は未だ明らかにされていません。
現在、プロテオフォームの解析には生体分子の高感度な計測手法である液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS:Liquid Chromatography-Mass Spectrometry)が主に用いられています。LC-MSを用いてインタクトのプロテオフォームを解析するアプローチはトップダウンプロテオミクスと呼ばれており、トップダウンプロテオミクスを用いてヒトプロテオフォーム情報を網羅したアトラス(Human Proteoform Atlas)の構築に向けた試みも近年行われています。しかし生体サンプルから抽出したプロテオフォーム成分は極めて複雑であり、LC-MSだけでは膨大なプロテオフォーム情報を網羅的に取得することはできません。より多くのプロテオフォームを検出するためには、LC-MS分析の前にプロテオフォーム成分をあらかじめ細かく分画する作業が不可欠です。
2020年に愛媛大学の武森信暁講師の研究グループは、安価かつ簡易なSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)を活用して、タンパク質サンプルをサイズ別に高分解能分画するための画期的な手法「PEPPI-MS」を開発し、PEPPI-MSを用いたサンプル分画によりLC-MSで検出可能なプロテオフォーム数を大幅に向上させることに成功しました。また2022年にはドイツ・キール大学のAndreas Tholey教授のグループとの国際共同研究を実施し、気相中でタンパク質を分離できるFAIMSイオンモビリティ質量分析とPEPPI-MS分画を組みわせた超高感度プロテオフォーム計測システムを構築し、世界最高レベルの高深度トップダウンプロテオミクスや、プロテオフォームのGlu-C消化産物を解析対象とするミドルダウンプロテオミクスを実施してきました。
PEPPI-MSによるサンプル分画には特殊な装置は不要であり、ラボにある通常の生化学実験の設備さえあれば開始できます。そのため現在多くのトップダウンプロテオミクス研究で使用され、サンプル分画の標準的手法になりつつあります。今回、日本とドイツの共同研究チームはプロテオフォーム解析の更なる普及を目的として、PEPPI-MSを用いた高分解能プロテオフォーム分画や、FAIMS-LC-MSシステムによるトップダウン・ミドルダウンプロテオミクスを実施するための実験プロトコルを開発し、国際学術誌「Nature Protocols」に発表しました。開発プロトコルには、実験操作の動画も含まれており、微量生体サンプルに含まれるプロテオフォーム成分の高分解能分画や、LC-MSによる大規模かつ高感度なプロテオフォーム解析を再現性よく実施することが可能となります。

論文情報

タイトル:PEPPI-MS: gel-based sample pre-fractionation for deep top-down and middle-down proteomics.
著者:Ayako Takemori, Philipp T. Kaulich, Andreas Tholey, and Nobuaki Takemori
ジャーナル名: Nature Protocols
発行日:2025年1月16日にオンライン公開
DOI: doi.org/10.1038/s41596-024-01100-0

助成金等

  • JSPS: 科研費22KK0077, 23K04963 (N.Takemori)
  • DFG: Cluster of Excellence “Precision Medicine in Inflammation (PMI)”-RTF-V (A.Tholey)

図表等

  • トップダウン・ミドルダウンプロテオミクスのためのPEPPI-MSワークフロー

    トップダウン・ミドルダウンプロテオミクスのためのPEPPI-MSワークフロー

    PEPPI-MSを用いたゲルベースのサンプル前分画によりLC-MSを用いた高深度プロテオフォーム解析が可能に

    credit : 武森信曉
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問い合わせ先

氏名 : 武森 信曉
電話 : 089-960-5499
E-mail : takemori@m.ehime-u.ac.jp
所属 : 愛媛大学学術支援センター