これまでにない構造を有する高分子の合成手法

ジアゾカルボニル化合物をモノマーとする高分子合成手法の開発

【研究のポイント】
・ジアゾ酢酸エステルのC1重合によるすべての主鎖炭素に置換基を有する高分子の合成に成功
・ビス(ジアゾカルボニル)化合物の縮合重合による各種の新しい構造を有する高分子の合成に成功

【研究の概要】
著者らの研究グループによる、ジアゾカルボニル化合物をモノマーとする高分子合成手法の開発研究に関する最近の成果をまとめて紹介している。ジアゾ酢酸エステルのC1重合によるすべての主鎖炭素に置換基(アルコキシカルボニル基)が結合したポリマーの合成と、1分子内に2つのジアゾカルボニル基を有するビス(ジアゾカルボニル)化合物の縮合重合によるポリマーの合成について述べている。いずれの手法においても、既存の高分子合成手法では合成できない構造を有する各種のポリマーの合成が可能となることから、高分子科学において注目されている研究である。

著者らの研究グループでは、過去20数年をかけてジアゾカルボニル化合物をモノマーとする高分子の合成手法の開発に取り組んできた。この解説論文では、この研究に関する著者らの最近の成果をまとめて紹介している。
著者らは、ジアゾ酢酸エステルがパラジウム(Pd)錯体触媒を開始剤として重合し、主鎖のすべての炭素に置換基としてアルコキシカルボニル基(エステル)が結合した構造を有するポリマーが得られることを見出している。従来のビニル重合という手法によってエチレンからポリエチレン、スチレンからポリスチレンを合成する場合のように、これまでは2つの炭素原子ユニットから合成されてきた炭素―炭素(C-C)結合から成るポリマーの主鎖骨格を、1炭素ユニットから合成するという点がこの重合法(C1重合)の画期的な点である。これまでに存在しない構造を有するC-C結合を主鎖とするポリマー(C1ポリマー)の合成が可能となることから、著者らの最初の論文発表(E.Ihara, et al., Macromolecules, 36, 36 (2003))以来、世界中で精力的に研究が展開されるようになっている。
著者らは、開始剤として用いるPd錯体触媒に関して改良を積み重ね、最近では分子量5万を超える高分子、主鎖の立体構造が制御された高分子(高分子材料としての有用性が高まる)、末端に各種の官能基が結合したポリマー等を効率よく合成することを可能とする開始剤の開発に成功している。
さらに、すべての主鎖炭素に置換基が結合しているという構造的な特徴を活かし、同じ置換基を有するビニル重合で得られるポリマーと比べて高い酸性度や、(最高で130℃に達する)より高い融点を示すポリマーの合成に成功している。そして、C1ポリマーが温和な塩基性条件下で低分子化合物に分解可能であることも見出し、C1ポリマーの環境調和型高分子材料としての応用の可能性を明らかにした。
一方、1分子内に2つのジアゾカルボニル基を有するビス(ジアゾカルボニル)化合物が、縮合重合という手法によってこれまでにない化学構造を有する各種のポリマーへと効率良く変換されることも見出している。この重合には、ジアゾカルボニル化合物が示す特徴的な反応として良く知られている、1) O-H挿入反応、2) N-H挿入反応、3) C=C結合生成反応を活用しているが、いずれにおいても生成するポリマーの構造は既存の手法では合成できないものであり、例えば、温和な酸性条件下での低分子への分解性が可能なものや、フィルム状態で電圧を印加すると可逆的に色が変化するエレクトロクロミック性を示すポリマー等の開発に成功している。このビス(ジアゾカルボニル)化合物の縮合重合という手法についても、上記のC1重合と同様に、著者らの最初の論文発表(E.Ihara, et al., Macromolecules, 43, 4589 (2010))以来、世界中で精力的に研究が展開されるようになっている。
なお、今回の解説論文は、筆者の2022年度の高分子学会賞受賞に関連して、その研究内容を紹介する論文として高分子学会が発行するPolymer Journal 誌の編集委員会から依頼されて執筆した。また、同編集委員会によりPolymer Journal 誌2025年1月号に掲載された全論文の中から、この号の表紙に最も相応しい論文として選ばれている。

論文情報

Development of polymer syntheses using diazocarbonyl compounds as monomers,
Eiji Ihara
Polymer Journal, 57, 1-23,
2024 (October 10) (オンライン公開日)
doi: 10.1038/s41428-024-00954-1

助成金等

  • JSPS科研費 18H02021, 21H01988, and 24K01540

図表等

  • 掲載誌の表紙(Polymer Journal, volume 57, issue 1, pp. 1-23)

    掲載誌の表紙(Polymer Journal, volume 57, issue 1, pp. 1-23)

    このイラスト中、赤い球体(Pd錯体触媒)に多数のモノマー(透明な球体)が繋がって、高分子鎖が生成する様子を表わしています。

    credit : Springer Nature社に帰属
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  • ジアゾ酢酸エステルのC1重合とアルキルアクリレートのビニル重合

    ジアゾ酢酸エステルのC1重合とアルキルアクリレートのビニル重合

    ジアゾ酢酸エステルのC1重合の生成物ではすべての主鎖炭素に置換基(アルコキシカルボニル基)が結合しているのに対して、アルキルアクリレートのビニル重合の生成物では、その同じ置換基が1つおきの主鎖炭素に結合しています。この構造の違いが、C1ポリマーに特徴的な性質を与えることが期待されています。

    credit : 井原栄治
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  • 縮合重合に用いるビス(ジアゾカルボニル)化合物の例

    縮合重合に用いるビス(ジアゾカルボニル)化合物の例

    これらのモノマーが有する2つのジアゾカルボニル基の特徴的な反応性を利用すると、既存の手法では合成できない化学構造を有するポリマーの合成が可能となります。

    credit : 井原栄治
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問い合わせ先

氏名 : 井原栄治
電話 : 089-927-8547
E-mail : ihara@ehime-u.ac.jp
所属 : 愛媛大学理工学研究科