ヌクレオシドにも作用するtRNA修飾酵素を発見
アーケオシン合成の第二段階目酵素・ArcSの基質認識機構を解明
【研究のポイント】
これまでに報告されたtRNA修飾酵素はすべてRNAポリマーにのみ作用するが、アーケオシン合成の第2段階目酵素・ArcSはヌクレオシドにさえも作用する前例のない活性を持つことを発見した。
【研究の概要】
愛媛大学と徳島大学、岐阜大学の研究グループは共同で、古細菌tRNAの立体構造維持に重要な修飾ヌクレオシド・アーケオシンの合成経路の第2段階目酵素ArcSの生化学的性質を解明し、この酵素がヌクレオシドにさえも作用する前例のない活性を持つことを発見しました。
DNA上の遺伝情報は、メッセンジャーRNA(mRNA)に写し取られた後、リボソームでトランスファーRNA(tRNA)に読み取られ、タンパク質が合成されます。RNA中の修飾ヌクレオシドはタンパク質合成系の維持や制御に関わっています。アーケオシンは、生命の第3のジャンル・古細菌(アーキア)のtRNAにのみ発見される修飾ヌクレオシドで、tRNAの立体構造の維持に寄与します。アーケオシンは多段階反応で合成され、第1段階目ではArcTGTによりpreQ0塩基がtRNAに導入されます。本研究で詳細を調べたArcSは第2段階目で作用し、preQ0塩基にアミノ酸のリジンを転移し、preQ0-Lysを合成します。生じたtRNA中のpreQ0-Lysは、第3段階目酵素・RaSEAの作用でアーケオシンに変換されます。これら一連の合成経路は、2019年に、愛媛大学と岐阜大学の共同研究で解明されました(図1: Yokogawa et al. Nature Chem. Biol. (2019))。しかしながら、第2段階目酵素・ArcSがどのような基質RNA特異性を持つのか不明でした。
この問題に取り組むべく、愛媛大学・大学院理工学研究科・堀 弘幸教授、山上 龍太講師、大学院生の藤田 柊さん、杉尾 譲さん、河村 卓哉さん(現:Thomas Jefferson University, USA)の研究グループは、岐阜大学・横川 隆志教授、岡 夏央教授、徳島大学・平田 章准教授と共同で生化学解析を行いました。
ほとんどすべてのRNA修飾酵素は、作用部位周辺のRNAの立体構造を認識し、ごくまれにRNAの配列を認識します。ArcSが、どのような基質RNA特異性を持つのか調べるために、preQ0が導入されたtRNAをDNAzymeで断片化し、どれにリジンが転移されるかを調べました(図2)。意外なことに、ArcSはpreQ0が導入されたすべてのRNAにリジンを転移できることが判りました。21ヌクレオチド(21 nt)のRNA断片では、tRNA全体の立体構造はもちろん、D-アーム構造すら、崩壊しています。このことから、ArcSは、立体構造を認識しないことが判りました。そこで、最小基質を調べるために、preQ0塩基、preQ0ヌクレオシド、5’にリン酸が結合したpreQ0ヌクレオチド、3’にリン酸が結合したpreQ0ヌクレオチドを使って、リジン転移が起こるか調べました(図3)。その結果、最小基質はpreQ0ヌクレオシドで、5’にリン酸が結合すると反応効率が良くなることが判りました。すなわち、ArcSは、ヌクレオシドをも基質にできる前例のないtRNA修飾酵素です。
新型コロナウイルスのmRNAワクチン開発で、シュードウリジンや1-メチルシュードウリジンなどの修飾ヌクレオシドが有効に利用され、目的RNAの標的部位に様々な修飾を導入する研究が世界中で実施されています。最小基質がヌクレオシドであるArcSの発見は、これら修飾ヌクレオシドの前駆体の合成にも新たな知見を与えるものです。
本研究の成果は、2024年6月27日にJournal of Biological Chemistry誌電子版に先行掲載されました。
参考 URL1: https://www.jbc.org/article/S0021-9258(24)02006-4/fulltext
論文情報
“ArcS from Thermococcus kodakarensis transfers L-lysine to preQ0 nucleoside derivatives as minimum substrate RNAs.”,
Shu Fujita, Yuzuru Sugio, Takuya Kawamura, Ryota Yamagami, Natsuhisa Oka, Akira Hirata, Takashi Yokogawa, and Hiroyuki Hori,
Journal of Biological Chemistry, June 27, 2024.
doi: 10.1016/j.jbc.2024.107505.
助成金等
- JSPS科研費 JP20H03211, JP24K09381, 発酵財団 G-2022-2-052
図表等
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図1 アーケオシン合成反応と第2段階目のArcSによるリジン転移反応
tRNA中の修飾ヌクレオシド・アーケオシンは、3段階の反応で合成される。第2段階目の酵素・ArcSは、第1段階目でtRNA中に導入されたpreQ0にアミノ酸のリジンを転移し、preQ0-Lysを合成する。生じたpreQ0-Lysは、第3段階目酵素・RaSEAの作用で最終形態のアーケオシンに変換される。今回の研究は、第2段階目酵素・ArcSの基質RNA特異性を調べることを目的とした。
credit : 堀 弘幸、藤田 柊、愛媛大学
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図2 ArcSはtRNAの立体構造を認識しない
ArcSがtRNA中のどこを認識するかを調べるため、2種類のDNAzyme(青)を使って、preQ0(赤)が導入されたtRNAを切断し、2種類のpreQ0を含むRNA断片(64 ntと21 nt)を作成した。これらのRNA断片および完全長のtRNA-preQ0(長さ76 nt)を使って、どれに14C-放射性同位体標識されたリジンが転移されるかを調べた。予想外なことに、リジンはpreQ0を含むすべてのRNA断片に転移された。21 ntのRNA断片は、tRNAはもちろん、D-アーム近傍の局所構造も崩壊していることから、ArcSは基質RNAの立体構造を認識しない稀なtRNA修飾酵素であることが判った。
credit : 堀 弘幸、藤田 柊、愛媛大学
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図3 ArcSの最小基質はpreQ0ヌクレオシドである
ArcSの最小基質を明らかにするため、preQ0塩基(左上)、preQ0ヌクレオシド(右上)、5’にリン酸が結合したpreQ0ヌクレオチド(左下)、3’にリン酸が結合したpreQ0ヌクレオチド(右下)の4種類の化合物を用意し、リジン転移反応が起こるかを調べた。preQ0塩基は全く反応しなかったが、preQ0ヌクレオシドを基質とすると、60℃、2時間の反応で、pre-Q0-Lysの形成が見られた(右上・赤の矢印)。すなわち、最小基質はpreQ0ヌクレオシドであり、ArcSは世界で初めて発見されたヌクレオシドにも作用するtRNA修飾酵素である。
credit : 堀 弘幸、藤田 柊、愛媛大学
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問い合わせ先
氏名 : 堀 弘幸
電話 : 089-927-8548
E-mail : hori.hiroyuki.my@ehime-u.ac.jp
所属 : 愛媛大学大学院理工学研究科(工学系)