惑星内部において結晶粒界は脆弱化する

極限圧力における(Mg, Fe)O粒界の機械特性と熱力学特性

【研究のポイント】
・(Mg, Fe)Oの傾角粒界の機械特性と熱力学特性を調べるために量子力学シミュレーションを行った。
・鉄は粒界において特定の陽イオンサイトを好み、界面内での電子スピン転移に影響を与えることが見出された。
・スーパーアース内の圧力条件では、深度が増加するにつれて粒界の脆弱化が予測された。

【研究の概要】
量子力学シミュレーションを行い、地球やスーパーアースの深部マントルに最も多く存在する鉱物の一つである(Mg, Fe)Oフェロペリクレースの傾角粒界の機械特性と熱力学特性を調べた。この研究により、鉄は粒界において特定の陽イオンサイトを好み、界面内での電子スピン転移に影響を与えることが見出された。また粒界の移動度は圧力によって大きく変化することがわかった。特にスーパーアース内の圧力条件下では、驚くべきことに、深さが増すとともに粒界が脆弱化する現象が観察された。またフェロペリクレースの粒界中の鉄イオンのスピン転移は、対流運動が活発な領域では、それほど活発でない領域と比較して、数百km深部で生じる可能性があることが示唆された。

地球型惑星のマントル対流とそれよって引き起こされるプレートテクトニクスは、マントル岩石の塑性変形によって支配されている。この変形は、鉱物の結晶格子中の欠陥(格子欠陥)のミクロな運動によって生じることが知られており、従って格子欠陥の圧力下での物理的性質は、地球のような惑星内部のダイナミクスに大きな影響を与えると言える。

愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センターとユトレヒト大学地球科学部の共同研究チームは、大規模並列計算機を用いて「第一原理計算法」と呼ばれる量子力学シミュレーションを実行し、惑星深部の極高圧力下での粒界の謎めいた挙動に新たな光を当てた。「第一原理計算法」は、化学結合を非常に正確に計算する理論的手法で、実験では扱いにくい惑星内部の極限状態における物質の性質を調べるための強力な研究ツールとなっている。

この研究を主導した愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センターの元研究員のリッターベックス博士と共同研究者は、上記の理論鉱物物理学的アプローチに基づき、地球の下部マントルで2番目に多く、また地球型太陽系外惑星”スーパーアース”のマントルにおいても豊富に存在すると考えられている鉱物である(Mg,Fe)Oフェロペリクレースの傾角粒界の機械特性と熱力学的特性について調べた。本研究では第一原理計算法の基礎をなす通常の密度汎関数理論に加え、鉄原子の電子状態をより高精度で記述するために内部無撞着LDA+U法と呼ばれる特別な計算手法も適用し、シミュレーションの高い信頼性を実現した。

シミュレーションの結果、地球型惑星内部における非常に高い圧力条件では、結晶粒子間の変形を支配する粒界運動のメカニズムが圧力によって強く影響を受けることが見出された(画像1)。惑星マントルの深部では、高い圧力によって結晶粒界面の構造変化が引き起こされ、この構造変化が結晶粒界運動のメカニズムや方向を変える引き金となる。また、これに伴い数百万気圧の圧力下において粒界の著しい機械的脆弱化が生じた(画像1)。通常高い圧力が加わると、物質中の原子の配列が稠密になり、物質はより固く変形しにくくなると思われるが、今回得られた結果はこの直感的な概念に反するものであり、世界的にも初めて得られた興味深い発見と言える。シミュレーションの詳細を解析することにより、この粒界の脆弱化現象は、非常に高い圧力下において粒界が運動する間に、粒界の遷移的状態の構造が変化することによって生じることが分かった。本研究ではこれらの結果に基づき、スーパーアースなどの太陽系外惑星では、マントルの深度が増加するにつれて構成物質の粒界弱化により粘性が低下するという、従来の惑星深部ダイナミクスの概念を覆す新たなモデルを提案した。

本研究では、さらにバルクと粒界間の鉄原子の分配挙動について、熱力学的モデリングを行った。その結果、高温高密度の地球下部マントルに存在する多結晶フェロペリクレースにおいて、結晶粒径が鉄の粒界偏析を制御する重要な因子であることを明らかにした。2価の鉄イオン(Fe2+)は地球内部の高い圧力下で磁性を持つ状態から磁性のない状態へと変化する電子スピン転移を起こすため、MgOペリクレースに鉄イオンが含まれ(Mg,Fe)Oフェロペリクレースとなると、密度や地震波速度などの物理的性質が大きく変化することが知られている。しかしこれまでのところ、粒界内のFe2+イオンのスピン状態に関する研究はまったく行われていなかった。今回のモデリングにより、フェロペリクレースの傾角粒界に濃集した2価鉄イオンの電子スピン状態は、高圧力下における粒界構造の変化に強く影響を受けることが明らかとなった。すなわちマイクロメートル以下の小さな粒径を持つフェロペリクレース多結晶体中のFe2+イオンのスピン転移は、バルク内の鉄イオンに比べ数十GPa高い圧力で生じる。従って、鉱物の細粒化が生じるようなマントル内部の活発に運動している領域では、より安定であまり運動していない領域(そのような領域では鉱物の粗粒化が生じる)と比較して、フェロペリクレースに含まれるFe2+イオンのスピンクロスオーバーが数百km深部で生じている可能性がある。

本研究により、惑星マントルに相当する温度圧力条件における多結晶フェロペリクレースの流動特性および熱力学的特性に対する粒界の効果に関し、幾つもの新たな知見が得られた。地球惑星深部ダイナミクスの理解をさらに進めるためには、実験や電子顕微鏡観察と並んで、本研究のような理論的モデリングによる系統的な調査とデータの取得が重要となると考えられる。

論文情報

Atomic-scale study of intercrystalline (Mg, Fe) O in planetary mantles: Mechanics and thermodynamics of grain boundaries under pressure,
Sebastian Ritterbex, Taku Tsuchiya, Martyn Drury and Oliver Plümper,
Journal of Geophysical Research: Solid Earth, 129, e2023JB028375,
https://doi.org/10.1029/2023JB028375, 2024 (4月26日出版).

助成金等

  • 日本学術振興会 (JSPS) 科研費 JP20K14580, 革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ (HPCI) hp200019, 欧州研究会議 852069-nanoEarth

図表等

  • 30万気圧から400万気圧までの圧力範囲における {310}[001] 対称傾角粒界の機械特性

    30万気圧から400万気圧までの圧力範囲における {310}[001] 対称傾角粒界の機械特性

    せん断結合粒界移動(SCM)及び粒界すべり(GBS)に対する臨界せん断応力の大きさ(粒界の強度)を示す。SCMまたはGBSのいずれの場合においても、対応粒界の強度が圧力によって大きく変化し、その結果、広い圧力範囲にわたって粒界が強靭化したり脆弱化したりすることが分かる。特にスーパーアースなどの系外惑星マントルの圧力条件(約120~400 GPa = 約120~400万気圧)では、SCMが生じる場合、深さ(圧力)が増すにつれて粒界の脆弱化が観察される。

    credit : S. Ritterbex、土屋卓久
    Usage Restriction : 使用許可を得てください

問い合わせ先

氏名 : 土屋 卓久
電話 : 089-927-8197
E-mail : tsuchiya.taku.mg@ehime-u.ac.jp
所属 : 愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター