地震後の地殻変動を支配するプロセスを解明

【研究のポイント】
・大地震後に数年~数十年間継続する地殻変動の際には、マントルの粘性が通常よりも大幅に低いことが一般的である。そのため、時には激しい地殻変動に至る。
・大地震後のマントル粘性の異常は、マントル鉱物(カンラン石)の遷移クリープ現象によるものと予想されてきたが、それを実験的に証明することは困難であった。
・本研究では、地球の深さ50~100kmの圧力条件を実験室で再現し、カンラン石の遷移クリープ現象をX線その場観察により捉えた。
・サブ秒オーダーの高時間分解能の観察を可能にするSPring-8の次世代X線が、実験成功の鍵となった。
・この結果、地震後の地殻変動は、カンラン石の遷移クリープ現象で説明されることが証明された。

【研究の概要】
愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センターの大内智博准教授、入舩徹男教授と高輝度光科学研究センターの肥後祐司研究員らの研究チームは、大地震後におきる地殻変動(余効変動)のプロセス解明につながる実験に成功しました。余効変動が進行する地下条件と同じ高温高圧下でのモデル実験によって、カンラン石の遷移クリープ現象を観察することに成功しました。この現象は実験室では短時間でしか出現しないため、高温高圧下での観察はこれまで困難でしたが、SPring-8の強力な次世代X線を用いることでその観察が可能となりました。本研究の結果は、大地震後に数年~数十年間継続する地殻変動は、マントルを構成するカンラン石が遷移クリープ現象を起こすことで説明されることを意味しています。今後、本研究で数式化したカンラン石の遷移クリープ現象に基づくことで、大地震後の地表の地殻変動がより正確にモデル化することが可能になるものと期待されます。本研究成果は、米国の科学雑誌「Geophysical Research Letters」に掲載されました。

私達が住む地表の“硬い”プレート(厚さ50km)は、ゆっくりと流れる“軟らかい”マントルに浮いています。プレート同士が衝突したり、プレートが地下深くへ沈み込む過程で地震が発生します。地震が発生した際にプレートの一部が壊れて「ずれ」が生じると、それを埋めようとして軟らかいマントルが流動を開始します。この流動は長期間継続するため、地震が発生した周辺の地表では、地震後も地殻変動が継続して起きることとなります(余効変動)。例えば2011年の東日本大震災の直後では、宮城県の沿岸部では1m程沈降し、その5年後には40cm程の隆起が起きました。そのような余効変動は、被災地の復興の妨げとなりました。
余効変動の際に測定されるマントルの粘性(1018 Pa·s程度)は、通常のマントルの粘性(1020 Pa·s)よりも圧倒的に低いことが一般的に知られています。余効変動の際のマントルの粘性が低ければ低いほど、より激しい地殻変動をもたらします。余効変動は数年~数十年の間継続し、時間の経過とともにマントルの粘性は上昇しつつ通常値(1020 Pa·s)に近づいていくことも知られています。これらの特徴から、余効変動はマントルの主要構成鉱物であるカンラン石の遷移クリープ現象によるものであろうと推測されてきました。遷移クリープ現象とは、その物質がもつ“本来の粘性”よりも低い粘性で流動する現象ですが、限られた条件(その物質の変形量がごく小さい場合)でしか出現しません。この遷移クリープ現象は、実験室ではごく限られたタイムスケールでしか出現しないため、深さ50km以深のマントルの高圧環境下(>2万気圧)でのカンラン石の遷移クリープ現象の詳細を観察するのは技術的に困難でした。
愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)の大内智博准教授、入舩徹男教授と、高輝度光科学研究センターの肥後祐司研究員らの研究グループは、余効変動に強い影響を及ぼすマントル最上部(深さ50~100km)の圧力条件下(2~4万気圧)でのカンラン石の変形実験を大型放射光施設SPring-8のBL05XUにて行いました。この実験ではSPring-8で開発中の次世代X線と、GRCが導入した移動型の高圧発生装置を組み合わせて用いることで、実験室では2分間程度しか継続しないカンラン石の遷移クリープ現象を0.4秒の高い時間分解能にて観察することに成功しました。これにより、カンラン石の遷移クリープ現象は理論モデル(バーガースモデル)で説明可能であり、大地震後に余効変動が数年~数十年間継続する現象は当モデルで説明できることが明らかとなりました。本研究の結果より、今後は余効変動による地表の地殻変動がより正確に予測可能となるものと期待されます。

論文情報

Transient creep in olivine aggregates at shallow mantle pressures: Implications for time-dependent rheology in post-seismic deformation
Tomohiro Ohuchi, Yuji Higo, Noriyoshi Tsujino, Yusuke Seto, Sho Kakizawa, Yoshinori Tange, Yamato Miyagawa, Yoshio Kono, Hirokatsu Yumoto, Takahisa Koyama, Hiroshi Yamazaki, Yasunori Senba, Haruhiko Ohashi, Ichiro Inoue, Yujiro Hayashi, Makina Yabashi and Tetsuo Irifune
Geophys. Res. Lett.
10.1029/2024GL108356 (2024)

助成金等

  • JSPS科研費19H00722, 23H00147, 三菱財団 202310008

図表等

  • 余効変動とは

    余効変動とは

    上側:太平洋プレートと陸のプレートの境界で断層がすべり、大地震が発生した直後の地下構造のイメージ図。断層すべりによって、それぞれのプレートが伸張しようとする。
    下側:大地震発生から数年後の地下構造。高温のために流動性が高いマントルの上昇流が生じ、それによってプレートの隆起が進行する。特に太平洋側ではその隆起が顕著に進行する。図はSun et al. (2014 Nature) に基づく。

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  • カンラン石の遷移クリープ現象

    カンラン石の遷移クリープ現象

    2.5万気圧の圧力下にて、温度を570ケルビン(約300℃)から870ケルビン(約500℃)へ急上昇させた場合(経過時間6.2分)に、カンラン石が被る応力(上図)と歪(下図)の時間変化をその場観察した実験結果の一例。熱膨張による圧力の急上昇(2.5から4万気圧)が温度急上昇と同時に起きた。その25秒後に、遷移クリープによる応力の低下と歪の上昇が観察された。なお、応力はカンラン石の複数の回折線(青:021、ピンク:101、オレンジ:130)より決定しているため、回折線の種類によって得られる応力値は多少異なる。

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E-mail : ohuchi.tomohiro.mc@ehime-u.ac.jp
所属 : 地球深部ダイナミクス研究センター