未踏のナノスケール半導体を開拓

安全なBi元素を既存の半導体ナノワイヤ材料に導入することで特異な構造と特性を持つ新ナノスケール材料を実現

愛媛大学の石川史太郎准教授らの研究グループは、未開拓の半導体ナノ材料作製に成功しました。これまで高性能近赤外レーザーや太陽電池に用いられてきたGaAs半導体でできたナノワイヤに、薬などにも用いられる安全なビスマス元素を導入することで、更なる高機能化が期待できる特徴的なナノスケール材料が出来上がることを示しました。

ナノワイヤとは、直径が数百ナノメートルより小さい細線状ナノスケール材料です。そのサイズと形状から、より大きなサイズでは見られない特徴的な性質を示します。高機能なLEDやレーザーなどに用いられてきたIII-V半導体ナノワイヤの研究は、極微細な光、電子、エネルギー変換、生体向けデバイスへの潜在的な可能性から、近年大きな関心を集めています。特に、エピタキシャル成長とよばれる原子を一層ずつくみ上げていく高度なエピタキシャル結晶合成技術で実現される積層構造を用いると、青色LEDに代表されるような高機能な電子デバイスが同ナノスケール材料で実現可能です。さらに同結晶成長では、電子機能およびレーザーなどの光学機能を持つナノワイヤをSi基板上に形成可能であり、現在のSi LSIにこれらを融合した次世代電子システム実現も期待されています。

III-V族化合物半導体は、現存する物質中で最高峰の電子移動度と理想的な光子電子変換効率を示します。中でもGaAsは代表的なIII-V族化合物半導体で、高速トランジスタ、高効率の近赤外発光ダイオードおよびレーザー、太陽電池に利用されています。 GaAsを用いた光デバイスは非常に高い性能を示しつつも、その材料の本来の性質に起因した動作時の発熱によるエネルギー損失に悩まされています。そこで最近、薬などにも用いられる安全な元素、ビスマスをGaAsに導入することでこの発熱の問題を抑制できる可能性が示されつつあり、注目を集めています。これらの背景のもと、新電子材料として期待されるGaAsナノワイヤにビスマスを導入したGaAsBi混合結晶の作製を同グループは試み、そこで発生する特異なナノスケール構造の発生について報告しました。この成果は、9月17日にNano Letters誌に愛媛大学大学院理工学研究科、博士課程後期2年生(社会人)の松田晃賢さんの研究論文として、下村哲教授、東レリサーチセンター、九州大学グループとの共同研究のもと、石川史太郎准教授の研究室から報告されました。

ビスマス元素の導入がGaAsBiナノワイヤ形成時に与える影響についての報告例はほとんど無いのが実情で、同グループはその解明に取り組みました。ナノワイヤの作製は分子線エピタキシーと呼ばれる宇宙空間ほどの超高真空中で元素をビーム上に供給することで可能になる、半導体を原子から組みあげる結晶成長という手法で行われました。報告は、シリコン基板上でGaAsBiナノワイヤの結晶成長のメカニズムについて調べる中で、ビスマス元素の挙動や、それによって引き起こされるナノワイヤの構造変形について調べました。まず同グループは、ビスマス元素がGaAsBi結晶に取り込まれて同結晶の構成元素となる際、結晶に大きな歪を発生させワイヤ全体が変形を起こすことを発見しました。結晶成長初期に形状の整ったGaAsナノワイヤの幹部分を成長し、その後GaAsBi部分に高濃度のBiを導入すると、この変形機構から、六芒星型の断面構造をもつナノワイヤが出来上がることを見出しました。さらに、過剰なビスマス供給条件下ではビスマス元素が水滴のように析出し、その液滴が結晶成長中に付加的なワイヤが発生する核生成の触媒として働くことも見出しました。この効果を用いれば、ナノワイヤを幹としてみた場合、そこにさらに分岐した枝部分を形成することができます。分岐した枝を持つナノワイヤは、枝部分でそれぞれのワイヤを結合させて電子のやりとりを可能にし、さらに複雑なナノスケールの構造形成を可能にすることができます。またこの枝内部には、結晶学的に欠陥と定義される原子の並びが切り替わる部分が存在します。従来こういった結晶欠陥は無くすべきものでしたが、この研究では欠陥でビスマスの導入量が大きく切り替わることを発見しました。この現象を用いれば、GaAsとGaAsBiの境界を一つの原子層で急峻に切り替えることが可能になり、非常に小さな領域に電子を閉じ込めた量子構造とよばれる部位を作り上げることができるようになります。これらの発見は新しい近赤外域の高性能な半導体レーザーなどデバイス実現や、電子の振る舞いを波の性質で取り扱う量子構造の実現に繋がるものとして期待されます。

参考 URL: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.nanolett.9b02932

論文情報

掲載誌:Nano Letters

題名:Controlling Bi Provoked Nanostructure Formation in GaAs/GaAsBi Core-Shell Nanowires
(コアーシェルナノワイヤにおいてビスマスが引き起こすナノ構造形成の制御)

著者:Teruyoshi Matsuda, Kyohei Takada, Kosuke Yano, Rikuo Tsutsumi, Kohei Yoshikawa, Satoshi Shimomura, Yumiko Shimizu, Kazuki Nagashima, Takeshi Yanagida, Fumitaro Ishikawa

DOI:10.1021/acs.nanolett.9b02932

助成金等

    • 本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(16H05970、19H0085)の助成を受けて実施しました。

図表等

  • 新規ナノワイヤ形成機構

    新規ナノワイヤ形成機構

    当初整った形状の内部ナノワイヤコア部分が出来上がる。その後Biを供給することで構造に変形が起き、液滴の存在を介して枝部分までが出来上がる。表面は荒れているが内部の結晶は整った単結晶構造。

    credit : Nano Lettersの許可を得て転載 © 2019 American Chemical Society
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  • 新規ナノワイヤの構造

    新規ナノワイヤの構造

    得られたナノワイヤの顕微鏡観察像と元素分布。六芒星型の断面構造や単原子層の結晶欠陥で仕切られた積層構造など、従来の結晶作製手法では得られなかった特徴的構造がみられる

    credit : 愛媛大学
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問い合わせ先

氏名 : 石川史太郎
電話 : 089-927-9765
E-mail : ishikawa.fumitaro.zc@ehime-u.ac.jp
所属 : 大学院理工学研究科