カンラン石が解き明かす月玄武岩形成過程
カンラン石と玄武岩質マグマ間の第一遷移元素の分配に関する実験的研究
【研究のポイント】
・カンラン石は玄武岩質マグマから最初に結晶化する鉱物であり、カンラン石とマグマ間の微量元素の分配は玄武岩形成過程の理解に重要。
・月の玄武岩の酸化状態と鉄含有量に近い条件での第一遷移元素をはじめとした微量元素のカンラン石-玄武岩質マグマ間の分配はよくわかっていなかった。
・玄武岩質マグマの酸化状態と鉄含有量の違いが第一遷移元素をはじめとした微量元素のカンラン石-玄武岩質マグマ間の分配に及ぼす影響を実験的に調べた。
・Crに富む月玄武岩中のカンラン石は比較的浅い場所が起源である可能性が高く、Tiに富むカンラン石を含む月玄武岩は金属鉄が飽和するほど還元的な環境下で形成した可能性が高いことがわかった。
【研究の概要】
月玄武岩の形成過程を調べる化学的な指標である第一遷移元素とGa、Geのカンラン石と玄武岩質マグマ間の分配がマグマの酸化の度合い(酸素フガシティー)と鉄含有量にどのように影響を受けるか実験的に調べた。その結果、Crに富むカンラン石を含む月玄武岩は比較的浅い場所を起源にもつこと、Tiに富むカンラン石を含む月玄武岩は金属鉄が飽和するほど還元的な環境下で形成されたことがわかった。
カンラン石は冷却過程で玄武岩質マグマから最初に結晶化する鉱物であり、第一遷移元素(Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn)(以下、FTREsと略)、Ga、そしてGeのカンラン石-マグマ間の分配係数(分配係数は異なる2相間の質量濃度比で表される)に関する正確な知見は、玄武岩形成過程を定量的に理解するのに必要です。しかし、月玄武岩のFTREsをはじめとした微量元素に関する実験的研究は少なく、地球に関する研究例がほとんどでした。地球と比較して、月内部は金属鉄が飽和するほど還元的な環境であることがこれまでの研究から示唆されており、また月玄武岩は地球の玄武岩に比べて鉄に富んでいるという特徴があります。そのため、月玄武岩の形成環境を理解するためには玄武岩質マグマの酸化状態や鉄含有量がカンラン石-マグマ間の微量元素の分配に与える影響を調べる必要がありました。
FTREs、Ga、そしてGeのカンラン石-玄武岩質マグマ間の分配係数に及ぼす酸素フガシティー(酸化の度合いを表す指標)と鉄含有量の影響を評価するため、愛媛大学やオランダ、中国、ドイツの研究者らの協力を得て、Jiejun Jing博士(日本学術振興会外国人特別研究員)は酸素雰囲気炉を用いて1気圧下で高温実験を行いました。その結果、ほとんどの第一遷移元素の分配係数は試料中の鉄含有量の影響を受けないことがわかりました。一方で、実験で得られたCrの分配係数は、実験試料よりも鉄含有量がはるかに高い月試料のカンラン石とその中にあるメルト包有物から推定されるCrの分配係数と比較して有意に高いことがわかりました。また、Niの分配係数は、金属鉄が不飽和な酸化的な条件ではほぼ一定でしたが、金属鉄存在下では急激に減少しました。
新たに得られた微量元素の分配係数を用いて、Jing博士らは月玄武岩の形成過程を再考しました。その結果、月玄武岩中のカンラン石がCrに富む性質は、溶融した月マントル(マグマオーシャン)中でCrに乏しい鉱物のカンラン石と斜方輝石が結晶化、沈降した後、浅いマグマに酸化鉄と共にCrが濃集し、そこからカンラン石が結晶化したことで形成したものであると結論付けました。また、Tiに富む月玄武岩中のカンラン石のCo/Ni比がTiに乏しい月玄武岩のカンラン石に比べて高いことは、前者が月マントルの還元的環境下(金属鉄飽和条件下)で形成したことで説明できることがわかりました。
参考 URL1: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0016703724001510
論文情報
Experimental investigation of first-row transition elements partitioning between olivine and silicate melt: Implications for lunar basalt formation.
Jing, J. J., Su, B. X., Berndt, J., Kuwahara, H., & van Westrenen, W.
Geochimica et Cosmochimica Acta, 373, 211-231,
https://doi.org/10.1016/j.gca.2024.03.028.
助成金等
- Vici grant (865.13.006) from the Dutch Research Council
- China Scholarship Council fellowship (201904910721)
- Ministry of Science and Technology National Key R&D Program of China (No. 2022YFC2903501)
- National Natural Science Foundation of China (42350001)
図表等
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回収試料断面の反射電子像
カンラン石(Ol)とケイ酸塩メルト(ガラスとして急冷)を1気圧、1400℃のガス混合炉から急冷回収した試料の断面組織。出発試料粉末は化学的に不活性なカプセルに充填され、炉内でさまざまな酸素フガシティー条件下で72時間加熱した。円状のレーザー照射痕は、レーザーアブレーションICP質量分析装置による微量元素の分析の痕である。
credit : Jiejun Jing
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問い合わせ先
氏名 : Jiejun Jing
電話 : 089-927-8256
E-mail : jing.jiejun.aa@ehime-u.ac.jp
所属 : 愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター、日本学術振興会外国人特別研究員