粘土コロイド中における光エネルギーアップコンバージョン系の構築

【研究のポイント】
・光アップコンバージョン(UC)は、入射光よりも短波長の発光を起こすエネルギー変換である。太陽エネルギーの高効率化、生体系のその場検出など幅広い応用が期待される。
・入射光よりも長波長の発光を示す通常の発光系と異なり、UCには高度に設計された反応系が求められる。今回、これをコロイド粘土系で実現した。
・2次元に制限された粘土面の効果として、立体選択的UCを実現し、キラルセンシング(光学活性分子の検出)への道を拓いた。

【研究の概要】
理学部佐藤久子研究員(元理工学研究科 教授)および大学院修了生の山本将平氏の研究グループは、東邦大学医学部、物質材料研究機構、日本大学文理学部との共同研究によって、粘土コロイド中における光アップコンバージョン(UC)系の構築に成功しました。入射光よりも短波長の発光を起こすエネルギー変換を行うUCには高度に設計された反応系が求められます。これを今回天然に容易に得られるコロイド粘土系で実現したことに大きな意義が認められます。
用いたスメクタイト系粘土鉱物は、陽イオン交換性(~ 100 meqg-1)を有する層状アルミノケイ酸塩です。陽イオン性分子を層表面あるいは層間にイオン交換で高密度に吸着することができます。本研究グループではこれまで、2次元制限された粘土面を利用した光エネルギー集約系の研究を行ってきました。本研究ではその発展として、光エネルギーの高度化や分子認識機能を目指し、コロイド状粘土鉱物(合成サポナイト)系におけるUC系の構築に成功しました。合成サポナイトに、ドナーとして陽イオン性キラル分子[Ru(phen)3]2+を26 % 吸着させて、アクセプターとしてDPA(9,10ジフェニルアントラセン)の存在下でレーザー光(450 nm)を照射した結果、空気下において430 nm付近にピークを持つDPAからのUC発光が観測されました。また、キラルなドナーと新たに合成したキラルアクセプター対を用いて、立体選択的UC発光も実現しました。
地上豊富に存在する粘土鉱物を用いることにより、環境負荷の少ない“光エネルギーの高度利用”として将来的な発展が期待されます。

スメクタイト系粘土鉱物を吸着担体として用いるときの特徴として、(i)陽イオン性分子が層表面あるいは層間にイオン交換で高密度に吸着すること、さらには(ii)層表面のフィロシリケート4面体シートの周期構造のもとで吸着分子の均一配向や規則配列が実現されることなどがあげられます。本研究グループでは、このような特性を利用した粘土面での高効率の光エネルギー変換、エネルギー集約、高い分子認識機能の発現を目指した研究をおこなってきました。
本研究ではその発展として、光エネルギーのアップコンバージョン(UC)の構築をおこないました。UCでは、入射光よりも短波長の光を発光し、太陽光エネルギーの高度化利用、生体系のその場検出など広い応用が期待されています。通常入射光で光励起された分子からの発光では、発光までの緩和過程でエネルギーの損失が起こり、入射光よりも光子エネルギーの低い長波長の発光が起こります。今回これを克服する手段として三重項・三重項消滅(TTA)を利用しました。TTAでは以下の経路を経ます:(i)ドナー(D:sensitizer)を光照射して励起しそのエネルギーをアクセプター(A:annihilator)に移行させる;(ii)生じた励起アクセプター(A*:三重項励起)間の分子衝突によって一方の分子をより高いエネルギー準位(一重項励起)に引き上げる;(iii)そこから最初の照射光よりも短波長の光を発光する。このようなTTAによるUCでは高度な分子設計に基づく反応系が求められます。本研究では、粘土鉱物の存在がUC変換効率やドナー・アクセプター間の相互作用にどのような影響をもたらすかに着目し、アップコンバージョンの構築に成功しました。
この結果、Ru(II)錯体([Ru(phen)3]2+ (phen = 1,10-phenanthroline))の発光強度は溶液中では酸素の影響で、消光されていた現象が合成サポナイト中では回復することがわかりました。また合成サポナイト中、アクセプターDPA(9,10-diphenylanthracene)との共存下では、消光現象を示し、ドナーのRu錯体からアクセプター(DPA)へ効率的な光エネルギー移動が起こることを示しました。
次にRu錯体を励起する発光波長(450 nm)のレーザー光を用いてDPAの1重項からの発光を調べました。その結果、空気雰囲気中で、溶液中のみならず、合成サポナイト中においてもUC発光を観測しました。また、キラルRu錯体を用いて合成サポナイト中にキラルポケットをつくることで、キラルDPA誘導体からの立体選択性なUC発光を実現しました。

参考 URL: https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0169131724001455

論文情報

Up-conversion of Photon Energy in Colloidal Clay Systems
Akihiko Yamagishi, Kenji Tamura,* Shohei Yamamoto, Fumi Sato, Jun Yoshida and Hisako Sato*
Apply Clay Sci. 2024, 255, 107397

助成金等

  • JSPS科研費 JP17H03044, JP20K21090, JP22H02033

図表等

  • 粘土コロイド中の三重項・三重項消滅を利用したアップコンバージョンの構築

    粘土コロイド中の三重項・三重項消滅を利用したアップコンバージョンの構築

    合成サポナイト中でのキラル分子[Ru(phen)3]2+ (ドナー)とキラルDPA(アクセプター)を用いたUC発光のイメージ図

    credit : 佐藤久子
    Usage Restriction : 使用許可を得てください

問い合わせ先

氏名 : 佐藤久子
電話 : 089-927-9599
E-mail : sato.hisako.yq@ehime-u.ac.jp
所属 : 理学部