超深度マグマオーシャン形成に伴う初期地球マントルの大酸化イベントを超高圧実験により再現

地球形成直後の大気は二酸化炭素、二酸化硫黄に富んでいた

愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センターの桑原秀治助教と入舩徹男教授、海洋研究開発機構(JAMSTEC)高知コア研究所の中田亮一主任研究員、JAMSTECの門屋辰太郎Young Research Fellow、岡山大学惑星物質研究所の芳野極教授の研究チームは、巨大天体衝突によって生じる深いマグマオーシャン中で生成する3価鉄の量を決める実験に成功しました。その結果、下部マントル圧力条件下では理論予測よりもはるかに効率よく2価鉄の電荷不均化反応によって3価鉄と金属鉄が生成することを明らかにしました。
本研究の結果は、地質記録から示唆されている40億年前より以前の冥王代と呼ばれる時代の非常に酸化的な上部マントルを定量的に説明することができます。また、当時の火山ガス組成が二酸化炭素や二酸化硫黄主体であり、原始生命にとってとても過酷な表層環境が形成したことが示唆されました。今後、地質記録により、提案したマントル大酸化の詳細な検証が期待されます。本研究成果は、英国の科学雑誌「Nature Geoscience」に5月5日に掲載され、注目すべき研究として同誌のNews & Views欄でも紹介されました。

約46億年前に地球が形成して以降、生命は遅くとも約39億年前には誕生していたことが当時の堆積岩から示唆されています。しかし、生命誕生当時、またはそれ以前の地球表層環境については地質記録が乏しいため、理解がなかなか進んでいません。大気はその温室効果や紫外線などによる化学反応によって惑星表層環境に多くの影響を与えます。地球をはじめとした惑星大気は火山から供給されたガスによって形成されたと考えられており、火山ガス組成は上部マントルの酸化状態によって大きく異なります。したがって、生命誕生前の地球上部マントルがどのような酸化状態にあったのかを明らかにすることは生命誕生の謎を解明するうえで重要な手がかりを提供します。
 数少ない地質記録からは地球上部マントルの一部が約44億年前にはすでに現在と同程度かそれ以上に酸化されていたことが示唆されています。こうした酸化を引き起こす原因として、惑星形成末期の巨大天体衝突によって生成するマグマオーシャン中で2価鉄の電荷不均化反応が起こり、3価鉄が生成することでマントル全体が酸化することが最近提案されました。しかし、先行実験研究では、地球マントルと大きく組成が異なる試料を用いていました。また、実際の巨大天体衝突で生じたであろうマグマオーシャンと比べると低い圧力条件で実験が行われており、それら低圧での実験結果をより高圧へ延ばした予想値も圧力20万気圧以上では理論予測と大きく異なるという問題がありました。そのため、現実的なマントル組成の試料を用いたさらなる高圧下での実験的検証が必要でした。
 愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センターの桑原秀治助教と入舩徹男教授、海洋研究開発機構の中田亮一主任研究員、門屋辰太郎Young Research Fellow、そして岡山大学惑星物質研究所の芳野極教授の研究チームは、深さ約660~800 kmに相当する下部マントル圧力条件におけるマグマオーシャンを再現する実験を試みました。そして、大型高圧発生装置と超高温実験に適した高圧セルを組み合わせ、先行実験研究よりも現実的なマントル組成と考えられるカンラン岩組成の試料を金属鉄と共に溶融させることに成功しました。また、数十μmサイズの微小領域における酸化鉄の化学結合状態を分析することのできる大型放射光施設SPring-8のビームラインBL27SUにて、実験回収試料の2価鉄と3価鉄の量を決定することに成功しました。実験結果は、下部マントル条件下ではこれまでの予想以上に3価鉄が2価鉄の電荷不均化反応により生成することを示しており、深いマグマオーシャンが形成されると現在の地球よりも酸化的な表層環境が形成することを明らかにしました。
 本研究結果は地質記録から示唆されている冥王代の非常に酸化的な上部マントルの記録を定量的に説明することができ、この時代の地球表層は全球的に非常に酸化的であったことを示しました。また、当時の地球大気が二酸化炭素や二酸化硫黄から構成されていた可能性が高いことも示唆されました。こうした大気では生命が利用可能なアミノ酸などの有機分子の生成率はとても低く、原始生命にとっては非常に過酷な環境であったことが想像されます。一方で、現在の上部マントルの3価鉄の量は本研究で予想される冥王代の上部マントルの値よりも一桁程度低く、その後に降着したであろう金属鉄に富む小天体によって上部マントルの酸化状態が還元されたとする新しい仮説を提案しました。今後、地質学的な検証により、地球の上部マントルの酸化状態や大気組成の変遷に関する理解が進むことが期待されます。

論文情報

Hadean mantle oxidation inferred from melting of peridotite under lower-mantle conditions, Hideharu Kuwahara, Ryoichi Nakada, Shintaro Kadoya, Takashi Yoshino, Tetsuo Irifune, Nature Geoscience, 16, 461-465, doi:10.1038/s41561-023-01169-4, 2023 (May 4).

助成金等

  • JSPS科研費 20H01994 and 21K18655

図表等

  • 巨大天体衝突の想像図(上)と2価鉄の不均化反応によるマグマオーシャン酸化メカニズムの概要(下)。

    巨大天体衝突の想像図(上)と2価鉄の不均化反応によるマグマオーシャン酸化メカニズムの概要(下)。

    2価鉄(Fe2+)の不均化反応により生成した金属鉄がマグマオーシャンから取り除かれ、3価鉄(Fe3+)の割合が増加し、マントルが酸化する。

    credit : 木下真一郎
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問い合わせ先

氏名 : 桑原 秀治
電話 : 089-927-8153
E-mail : kuwahara.hideharu.vd@ehime-u.ac.jp
所属 : 地球深部ダイナミクス研究センター・助教