超含水B相の物性と地球マントルの中の水

【研究の概要】
愛媛大学の研究者らによって、地球内部の深さ410~660 kmのマントル遷移層で安定に存在する高圧含水ケイ酸塩鉱物「超含水B相」の地震波速度が、そのマントル遷移層に相当する圧力条件下で測定されました。その結果、マントルの局所的な含水化と地震学的観測による地震波速度異常との関係について、新たな知見を得ました。マントルの低温域では、地震学的観測による縦波速度(VP)と横波速度(VS)の双方とも低速度異常と含水化が関連付けられる一方、高温域での含水化は、VPは同じく低速度異常ですが、VSは高速度異常と関連していることが示唆されました。水の存在はマントル鉱物の物理的・化学的性質に大きな影響を与えるため、これらの結果は地球深部水の存在を評価するために重要なものとなります。

2014年、Pearsonらによりダイヤモンド包有物(ダイヤモンドが地球深部で生成される際に周囲から取り込んだもの)中に1.5 wt.%の水を含む含水リングウッダイトが発見され、地球深部マントルに水が存在するということは科学的にほぼ確定とみなされました。しかし、この水が地震学的研究(Fukaoら, 2009)によって観測されている沈み込むスラブによって地表からマントル深部に運ばれているものなのか、もしくは形成初期の地球に存在したマグマオーシャン(マグマの海)の冷却による結晶化直後から存在したものなのか、という疑問については、地球全体で水の量がどれだけあるかという問いと同様、いまだに議論の的となっています。岩石学的研究によると、深部マントルに存在する水は、既存のマントル鉱物中に取り込まれたり (Inoueら, 2010; Pearsonら, 2014)、高密度含水鉱物相を形成したり (Pamatoら, 2016; Nishiら, 2016) 、あるいはマントル岩石の融点を下げることにより部分溶融を促進したりすること(例えば脱水溶融現象など)が分かっています。しかしながら、どのプロセスが卓越しているかはいまだによくわかっていません。その理由は、実験室での測定に適した高圧含水鉱物を合成することが困難なため、高圧含水鉱物に対する地震波速度の実験的測定値が少なく、地震学的観測との比較に限界があるためです。
そこで愛媛大学の研究チームは、マントル遷移層(深さ410〜660km)や下部マントル上部(深さ660〜800km)において最も豊富に存在する含水鉱物の一つであるスーパー含水B相と呼ばれる鉱物を調べることにしました。これまでにもいくつかの研究でスーパー含水B相の地震波速度が報告されていますが、室温で収集されたデータに限られており、深部マントルに相当する条件、特にその高温下での情報は不十分でした。研究者チームは、まず、地球深部ダイナミクス研究センターのマルチアンビル型高圧発生装置を用いて、高圧下でスーパー含水B相の多結晶体を合成しました。次に、このスーパー含水B相を大型放射光施設SPring-8(兵庫県)に持ち込み、BL04B1ビームラインで超音波干渉法と放射光X線法を併用して、最高で21万気圧、900Kまでの温度圧力条件下での地震波速度を調べました。
その結果、スーパー含水B相の縦波速度(VP)と横波速度(VS)は、他の深部マントル鉱物と比べて著しく遅いことがわかりました。以前に愛媛大のグループによって報告されているメジャライトガーネットのみが、マントル遷移層条件下でスーパー含水B相よりも遅い速度を持つことになります(Irifuneら、 2008; Zhouら、2021)。
これらの新しいデータを用いて、スーパー含水B相が主な水のキャリアとして存在する仮想的な含水マントルの地震波速度と密度を見積もりました。そして、その結果を低温と高温の温度プロファイルに沿った無水マントルの結果と比較しました。その結果、低温の含水マントル領域は地震学的に検出可能であり、マントル遷移層や下部マントル上部で負の縦波速度(VP)と横波速度(VS)異常(低速度異常)として観測されうることを明らかにしました。これらの様子は、例えば東北日本やトンガの地下の冷たい沈み込み帯で観測されています。さらに下部マントル上部に含水領域が存在すれば、深さ670-700kmでの密度異常と同時に、大きな負の縦波速度(VP)と横波速度(VS)異常が局所的に観測されることを示しました。これらの異常は660km不連続面直下で地震学的に観測されています。今回のデータは、深部マントルにおける水に富んだ岩石の存在について明らかにでき、下部マントルにおける水の量をより正確に推定することに大きく貢献します。

参考 URL: https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1029/2022GL098674

論文情報

Sound Velocities of Superhydrous Phase B up to 21 GPa and 900 K, Chaowen Xu, Steeve Gréaux, Toru Inoue, Masamichi Noda, Jing Gao, Ying Li, Geophysical Research Letter, vol. 49, issue 13, doi:10.1029/2022GL098674, 2022 (June 25).

助成金等

  • JSPS科研費 18J12511
  • 高圧物理地震科学連合研究所公開基金 2019HPPES07
  • 中国自然科学基金42003050、42073063、41902035

図表等

  • 今回の結果から推測されるマントル深部における地震波速度への水の影響とマントル含水化のシナリオ

    今回の結果から推測されるマントル深部における地震波速度への水の影響とマントル含水化のシナリオ

    (a) 含水マントルの縦波・横波速度比(VP/VS)の無水マントルとの比較。(b) 沈み込むスラブがマントル遷移層と下部マントル最上部に水を供給するシナリオ。マントルはスラブが周囲のマントルと完全にあるいは部分的に平衡化する際に放出される水によって含水化する。

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問い合わせ先

氏名 : Steeve Gréaux
電話 : 089-927-8405
E-mail : greaux@sci.ehime-u.ac.jp
所属 : 地球深部ダイナミクス研究センター