北西太平洋におけるPCBの大気海洋間フラックスに対する黒潮の影響

【研究のポイント】
●日本南方の黒潮流域では大気から海洋への強いフラックス、またその東側の黒潮続流域では海洋から大気への強いフラックスが見られる。
●海流の移流効果によって上流から運ばれてきた溶存態PCBは、大気中のPCBと平衡状態になっている現地のPCB濃度を変え、大気海洋間のPCBフラックスを作り出す。
●海流、特に強い西岸境界流は、PCB の大気輸送モデルに正しく取り込まれるべきである。

【研究の概要】
海洋におけるPCB輸送に関わる物理過程と生物過程を把握するために、北西太平洋の3 次元流動・低次生態系モデルにPCB計算モジュールを導入し、北西太平洋表層海水におけるPCB濃度の季節変動と空間分布を再現し、さらに数値実験と理論的な考察により大気海洋間のPCB拡散フラックスに対する海流の調節効果を解明した。本研究の成果から、海水流動を十分に考慮していないPCBの全球モデルは西岸境界流を表現できるように改善する必要があるとも言える。

外洋におけるPCB(Poly Chlorinated Biphenyl、ポリ塩化ビフェニル) の主なソースは、海面における拡散フラックスだと報告されている(Jurado et al., 2007)。この拡散フラックスは大気中のPCB濃度だけではなく、表層海水中の溶存態PCB濃度と水温、さらに風速にも依存する。大気中のPCB濃度は陸上からの排出量や大気中の移流拡散などに依存し、一方、海水中の溶存態PCB濃度は生物粒子の付着と沈降(生物ポンプ、Galbán-Malagón et al., 2012)、海流による移流、渦拡散などに影響される。大気中のPCB濃度が高ければ、大気から海洋への拡散フラックスが生じるが、何らかの原因で海水中のPCB濃度が直上の大気中のPCB濃度より高ければ、海洋から大気への拡散フラックスも生じる。
日本周辺海域では、黒潮や対馬暖流が流れている。これらの海流は海岸の近くを流れるため、陸上から大気へ放出されたPCBはこれらの海流に溶け込んで太平洋の中心部に運ばれる様子が想像できる。太平洋の中心部になると、大気中のPCB濃度が低下するため、これらの海流によって運ばれてきた海水中のPCBは大気中に放出される可能性もある。このように、陸上から出されるPCBは大気中の直接な輸送ルールに加えて、海流という輸送ルートも持つ可能性がある。
本研究では海洋におけるPCB輸送に関わる物理過程と生物過程を把握するために、北西太平洋の3 次元流動・低次生態系モデルにPCB計算モジュールを導入し、 流動・低次生態系・PCBの結合モデルを開発した(画像 1)。このモデルでは、高解像度の海水流動モデル (1/12°) を使用し、現実的な西側境界流を表現している。mた、PCBに対する植物プランクトンの効果を正確に表現するために、低次生態系モデルの結果を使用している。 PCBモジュールの入力条件には全球PCBモデルで得られたPCBの大気濃度を利用した。
モデル結果に日本南岸の黒潮流域から黒潮続流域にかけてPCB拡散フラックスの符号は正から負になることが見られる(正のフラックスは大気から海洋へと意味する)(画像2k、l)。また、このような符号の逆転は黒潮流域に限られている。このような分布を理解するために、海流の流速をゼロに設定した計算を行い、このケースでは黒潮流域におけるPCB拡散フラックスの方向逆転は生じないことが分かった。海流がなければ表層海水中のPCB濃度は大気中のPCB濃度とほぼ平衡状態を保ち、その水平分布は大気中のPCB濃度に強く依存することになる(画像3a)。海流が存在すると、表層海水中のPCB濃度は海流の上流側のPCB濃度に影響され、その影響の強さは海流の方向のPCB濃度の水平勾配と海流の速度に比例する(画像3b)。黒潮は西岸境界流であり、海流の中で流速は一番速い。さらに、黒潮はPCBの濃度勾配が大きくなる海岸付近を流れるため、海流のPCB拡散フラックスに対する調節効果が最も顕著になると考えられる。
本研究の計算領域は北西太平洋に限られているが、黒潮のような海岸付近を流れる西岸境界流はほかの海にもあるために、この現象は普遍的に存在すると考えられる。そのため、本研究の成果から、海水流動を十分に考慮していないPCBの全球モデルは西岸境界流を表現できるように改善する必要があるとも言える。

引用文献
Jurado, E.; Zaldívar, J.-M.; Marinov, D.; Dachs, J. Fate of Persistent Organic Pollutants in the Water Column: Does Turbulent Mixing Matter? Marine Pollution Bulletin 2007, 54 (4), 441–451.
https://doi.org/10.1016/j.marpolbul.2006.11.028.

Galbán-Malagón, C.; Berrojalbiz, N.; Ojeda, M.-J.; Dachs, J. The Oceanic Biological Pump Modulates the Atmospheric Transport of Persistent Organic Pollutants to the Arctic. Nat Commun 2012, 3 (1), 862.
https://doi.org/10.1038/ncomms1858.

参考 URL: https://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/acs.est.2c03459

論文情報

The Kuroshio regulates the air-sea exchange of PCBs in the Northwestern Pacific Ocean, Min Yang, Xinyu Guo, Miho Ishizu, and Yasumasa Miyazawa, Environmental Science & Technology, 56, no. 17 (2022): 12307-12314, doi:10.1021/acs.est.2c03459, 2022 (August 15).

助成金等

  • The Kuroshio regulates the air-sea exchange of PCBs in the Northwestern Pacific Ocean, Min Yang, Xinyu Guo, Miho Ishizu, and Yasumasa Miyazawa, Environmental Science & Technology, 56, no. 17 (2022): 12307-12314, doi:10.1021/acs.est.2c03459, 2022 (August 15).

図表等

  • PCBシミュレーション用のモデルの概念図

    PCBシミュレーション用のモデルの概念図

    CAは大気中のPCB濃度、CWは海水中の溶存態PCB濃度、CWPは植物プランクトン態のPCB濃度、CWDはデトリタス態PCB濃度。右側のボックス内はPCBシミュレーション用の入力データを示す。

    credit : 郭 新宇 (愛媛大学)
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  • 表層海水中の溶存態、粒子態のPCB濃度と大気海洋間の拡散フラックス

    表層海水中の溶存態、粒子態のPCB濃度と大気海洋間の拡散フラックス

    1月、4月、7月と10月の表層海水中の溶存態PCB濃度(pg L-1) (a-d)、粒子態PCB濃度(pg L-1) (e-h)、大気海洋間のPCB拡散フラックス(pg m-2 s-1) (i-l)(正のフラックスは正のフラックスは大気から海洋へと意味する)。

    credit : 郭 新宇 (愛媛大学)
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  • 溶存態PCB濃度は平衡状態に達するまでの応答時間

    溶存態PCB濃度は平衡状態に達するまでの応答時間

    (a)大気海洋間のフラックスのみを考慮した場合、(b)海流の移流のみを考慮した場合

    credit : 郭 新宇 (愛媛大学)
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問い合わせ先

氏名 : 郭 新宇
電話 : 089-927-982
E-mail : guo.xinyu.mz@ehime-u.ac.jp
所属 : 沿岸環境科学研究センター