蜜入りリンゴのメカニズム、世界で初めて明らかに!

1細胞分析から見えてきた膨圧変化と水の流れの関与する新たな蜜入りリンゴのメカニズム

愛媛大学大学院農学研究科、農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)、ブエノスアイレス大学の国際共同研究グループは、蜜入りリンゴ果実内の細胞レベルの代謝変化と水分の状態を空間的にとらえることに世界で初めて成功し、蜜入りのメカニズムの一端を明らかにしました。本研究成果は、2021年8月4日にSpringer Nature Groupと南京農業大学が共同刊行し、園芸学分野を牽引する国際学術誌Horticulture Researchにオンライン掲載されました。

研究のポイント
・通常の果実とは対照的に、蜜入り果の外側の非蜜部分から内側の蜜部分にかけて、空間的に細胞膨圧(細胞内圧力)が低下し、これに連動して蜜部分に向かって水の流れが生じる。
・膨圧低下に伴い、蜜部分で特異的に発酵代謝が進み、蜜独特の芳醇な香り成分であるアルコール、エステル類等の揮発性化合物が高濃度に蓄積する。
・この部位特異的な代謝反応により、蜜部分のエアスペースと呼ばれる細胞間隙に水・揮発性物質が蓄積し,本来あるべき空気層が消失。その結果、光の乱反射が起きなくなり、外観上、透明化する。

・本成果は、温暖化環境下での蜜入りリンゴの安定生産技術の開発につながる基礎知見である。

一般的に、品種「ふじ」に代表される蜜入りリンゴは、低温により蜜形成が誘導されます。蜜入りリンゴは香しいフレーバーをもつため、高付加価値果実として国内外で人気を博していますが、近年の温暖化に伴う秋の気温上昇から、果実内の蜜入りの不安定化が懸念されています。

蜜形成のメカニズムについては、これまで果実内の細胞間隙への転流糖であるソルビトールの集積や、成熟に伴う細胞膜強度の低下を介する溶質蓄積に起因した水分の集積など、いくつかのメカニズムが提唱されてきました。しかし、細胞にフォーカスして水の動きと生理代謝を同時に調べられた事例はなく、蜜のある部分で何が起こっているのか、その全容は解明されていませんでした。

そこで、蜜入り果と通常の果実を用いて、愛媛大学で開発された1細胞の水の動きと網羅的な代謝産物の同時計測が可能なピコリットル・プレッシャープローブ・エレクトロスプレーイオン化質量分析法(Nakashima et al., 2016)と、原理の異なる2種類の浸透圧計測法(凝固点降下法、蒸気圧法)とを組み合わせ、リンゴの中心にある蜜部分、外側の蜜のない部分、両者の間にある境界部分の1細胞を対象に解析を行いました。その結果、通常の果実とは対照的に蜜入り果の蜜部分、境界部分では細胞膨圧の低下に伴って、発酵代謝が促進され、アルコール類・エステル類などが生成された後、細胞外に蓄積することで、蜜独特の香りと外観を生じることが明らかとなりました(図1, 2)。また、蜜入り果では、通常の果実には見られない外側の組織から蜜部分に向かって水の流れがあることを見出しました(図1, 3)。

蜜のない部分ではエアスペースと呼ばれる細胞間隙に空気層が残っているため、果実組織の断面の外観は不透明になっています。これに対して、蜜のある部分では上述のメカニズムでエアスペースにアルコールや水がたまった結果、空気層が消失することで、光が乱反射せず、透明化することが明らかになりました(図3)。

本研究は、果樹生産現場の重要課題でありながら、長年、その細胞レベルでの解明には至っていなかった蜜入りリンゴのメカニズムについて、最新の1細胞計測技術を駆使した空間的な水の動き・代謝変化の解析から、細胞生理的な要因の解明に至っています。本知見は従来注目されてこなかった果実内での細胞間の水の動きと局所的な膨圧低下に伴う代謝変化とが蜜形成に密接に関与することを示した初めての研究成果です。この視点からのアプローチにより、今後、温暖化環境に対応した蜜入り果実の安定生産の技術開発につながると期待されます。

(参考文献)

Nakashima, T. et al. Single-cell metabolite profiling of stalk and glandular cells of intact trichomes with internal electrode capillary pressure probe electrospray ionization mass spectrometry. Analytical Chemistry 88, 3049-3057, doi:10.1021/acs.analchem.5b03366 (2016).

参考 URL: https://www.nature.com/articles/s41438-021-00603-1

論文情報

掲載誌:Horticulture Research

DOI番号:10.1038/s41438-021-00603-1


題名:Direct evidence for dynamics of cell heterogeneity in watercored apples: Turgor-associated metabolic modifications and within-fruit water potential gradient unveiled by single-cell analyses

著者:和田博史1,2,*,†, 中田佳佑2,†, 野並浩1, ロザ エラ-バルセルス3, 立木美保4, 畠山友翔1,

田中福代5,*

1 愛媛大学大学院農学研究科

2 愛媛大学連合農学研究科

3 ブエノスアイレス大学有機化学科・国家科学技術研究会議(CONICET)

4 農研機構 果樹生産研究領域 果樹茶業研究部門 果樹スマート生産グループ

5 農研機構 基盤技術研究本部 高度分析研究センター 環境化学物質分析ユニット

*責任著者 共同筆頭著者

論文URL:https://doi.org/10.1038/s41438-021-00603-1

助成金等

  • JSPS科研費 20H02982, 19J13330

図表等

  • 図1.蜜果リンゴの各計測部位(非蜜,境界,蜜部位)の水分状態計測結果.

    図1.蜜果リンゴの各計測部位(非蜜,境界,蜜部位)の水分状態計測結果.

    非蜜部位に比べて、蜜部位では部位特異的に糖度(A)とともに、新たに細胞膨圧(B)が低下する傾向が確認された.2つの計測原理の異なる浸透圧計測(C, E)を行ったことで、高濃度の揮発性成分の蓄積と、非蜜部分から中心の蜜部位にかけての水の流れを示す水ポテンシャル差も確認された(F).図中の異なるアルファベット、星印は有意差があることを示す.

    credit : 愛媛大学
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  • 図2.非蜜果の各細胞(境界部(N(B))と蜜部(N(W))に相当する2領域)と蜜果の各細胞(境界部(B),蜜部(W))におけるヒートマップを用いた揮発性成分の比較.

    図2.非蜜果の各細胞(境界部(N(B))と蜜部(N(W))に相当する2領域)と蜜果の各細胞(境界部(B),蜜部(W))におけるヒートマップを用いた揮発性成分の比較.

    非蜜果とは対照的に、蜜果の境界部分(B)と蜜部(W)の細胞において、アルコールやエステル等の揮発性成分が高濃度に集積していることが示唆された.

    credit : 愛媛大学
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  • 図3.蜜症発生に伴うリンゴ果実内の細胞の膨圧の分布と水の流れ.

    図3.蜜症発生に伴うリンゴ果実内の細胞の膨圧の分布と水の流れ.

    凝固点降下法で測定した浸透圧(π)には部位間で差がないものの, 細胞の膨圧(Yp)については「蜜部位<境界部<正常部位」の傾向があり、 細胞が細胞壁を押し広げる力が弱まることを示す(白矢印参照).さらに、同時に果肉の外側から蜜部位にかけて水の流れ(青矢印)が生じ、蜜部分でエタノール(EtOH)を含む溶質・水が細胞壁に集積することでエアスペース(細胞間空隙)が消失する.これにより、色差が大きくなり、透明化が起こる.

    credit : 愛媛大学
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問い合わせ先

氏名 : 和田 博史
電話 : 089-946-9824
E-mail : hwada@agr.ehime-u.ac.jp
所属 : 大学院農学研究科