植物の地下部でのコミュニケーションを可能にしている分子?

ストリゴラクトンの新機能を発見

【研究のポイント】
・植物の根から分泌されるストリゴラクトン[1]は、根寄生雑草[2]やアーバスキュラー菌根菌[3]の宿主認識シグナルとして作用している。
・植物体内では、ストリゴラクトンは植物の地上部枝分かれを抑制する植物ホルモン[4]である。
・植物は、根圏のストリゴラクトンを感知することによって隣接する植物の存在を認識し、地上部枝分かれを制御していることを明らかにした。

【研究の概要】
愛媛大学大学院農学研究科の米山香織 特任准教授、宇都宮大学、University of Leedsの研究グループは、植物は、根から分泌される二次代謝産物ストリゴラクトンによって、隣接する植物の存在を感知し、自身の生長を制御している可能性を示すことに成功しました。本研究は、科学雑誌Current Biology (Cell Press)にオンライン掲載されました。

概要
植物の根から分泌されるストリゴラクトン[1]は、世界の農業生産に甚大な被害を与えている根寄生雑草[2]の種子発芽を誘導する分子として、1960年代にアメリカのUSDAのグループにより発見されました。
根寄生雑草に寄生されるリスクを冒してまで、植物はどうしてストリゴラクトンを分泌するのかは長い間謎でしたが、2005年に大阪府立大学(当時)の秋山らにより、ストリゴラクトンはアーバスキュラー菌根菌(AM菌)[3]との共生を促進するシグナルとして分泌されることが報告されました。
その後2008年に、フランス・オランダ・オーストラリアの連合グループと日本の理研グループ(当時)からそれぞれ、ストリゴラクトンは植物の地上部枝分かれを抑制する植物ホルモン[4]であることが報告されました。
今回私たちは、ストリゴラクトンを生産・分泌できない、あるいは、ストリゴラクトンを感知できないイネの変異体[5]と、機器分析(LC-MS/MS)[6]を利用して、イネは、微量にしか存在しない根圏のストリゴラクトンを感知することによって隣接する植物(イネ)の存在を認識し、自身のストリゴラクトン生合成・分泌を調整して地上部枝分かれを制御するという、ストリゴラクトンの新しい生理的役割を明らかにしました。

研究内容
私たちはまず、イネを1個体で培養しても、3個体で培養しても、水耕培養[7]液中のストリゴラクトン濃度が変化しないことに気づきました(図1A)。つまり、培養個体数が増えると、その状況をイネが把握しているかのように、1個体あたりのストリゴラクトン分泌量が減ることに気づきました。そこで今度は、水耕培養液量を2倍に増やしてみたところ、ストリゴラクトンの分泌量が2倍に増え、培養液中のストリゴラクトン濃度は一定に保たれました(図1B)。

次に、ストリゴラクトンを生産・分泌することができないストリゴラクトン生合成変異体イネと野生型のイネを一緒に培養してみました。すると、ストリゴラクトン生合成変異体がとても低い濃度でしか存在しない培養液中のストリゴラクトン(野生型イネが分泌したもの)を、積極的に吸収していることがわかりました。
そして最終的に、イネは、根の周りに存在するストリゴラクトンを感知して、どれくらいストリゴラクトンを自分で作って分泌すれば良いのかを判断しながら、自身の枝分かれの度合いも決めているということがわかりました (図2)。

今後の期待
物言わぬ植物は、定着した場所でただじっと静かにやり過ごしているように見えますが、過酷な環境に適応するために、私たち人間が出現する遥か以前から、緻密な生存戦略を開発・獲得し、知性をもって生きているようです。どうやって周りの植物と競合しないように、あるいは決して負けないように、未来を判断しているのか?今回の、地下部でのコミュニケーションツールとしてストリゴラクトンが関与している可能性を発見したことをきっかけに、どのように植物がsustainable developmentを続けているのか? 少しずつ解き明かしていければと考えています。

補足説明
[1] ストリゴラクトン
主に根寄生雑草の種子発芽活性を指標にして、これまでに様々な植物の根浸出液から30種類以上が単離・同定されている。ストリゴラクトンは総称である。化学的に不安定で壊れやすいため、土壌中では生きている根の周りにしか存在しない。そのため、根寄生雑草やAM菌が、生きている根を感知するためには都合が良い。

[2] 根寄生雑草
自分では光合成を行わず、他の植物の根に寄生し養水分を奪って生きている。長径0.2 mmほどの微小な種子を1個体あたり数十万粒生産する。アフリカなどの熱帯を中心に甚大な農業被害を与えているのはStrigaで、ヨーロッパを中心に温帯から亜寒帯に広く分布するのがPhelipancheやOrobancheである。1991年の調査では、Orobanche類に汚染された農耕地は、地中海沿岸諸国や西アジアだけで1,600万haと推定されており、日本の国土面積3,779万haのおよそ半分にあたる。日本ではまだ深刻な農業被害の報告はない。

[3] アーバスキュラー菌根菌(AM菌)
植物の根の内部に侵入して共生する内生菌根菌。土壌中に菌糸を張り巡らし、宿主植物にリン酸や窒素などの無機養分を供給してくれる。代わりに宿主からは光合成産物などを得ている。陸上植物の9割近くがAM菌と共生関係を結んで生活している。AM菌と共生すると環境耐性が付与される。

[4] 植物ホルモン
植物の生長や、環境に適応するための応答をコントロールするという重要な役割をもつ植物自身が作り出す化学物質の総称。一般的にごく微量しか作られない。オーキシン、サイトカイニン、ジベレリン、エチレン、ジャスモン酸、アブシシン酸、ブラシノステロイド、サリチル酸、フロリゲン、そしてストリゴラクトン、いくつかのペプチドホルモンなどがある。

[5] 変異体
ここでは、ストリゴラクトンの生合成や受容シグナル伝達の遺伝子に欠損が入っていて、ストリゴラクトンを作ることができない、ストリゴラクトンを受け取ることができない変異体のこと。

[6] LC-MS/MS
液体クロマトグラフ質量分析計。液体クロマトグラフで分離した化合物を種々の方法でイオン化し、イオンの質量数から特定の化合物を高感度で正確に検出することができる。

[7] 水耕培養
土などは使わずに栄養だけを溶かした培養液だけで栽培する方法。土が媒介しないので、様々な反応を素早く観察できる。

論文情報

Supra-organismal regulation of strigolactone exudation and plant development in response to rhizospheric cues in rice, Kaori Yoneyama, Xiaonan Xie, Takahito Nomura, Koichi Yoneyama, Tom Bennett, Current Biology, doi.org/10.1016/j.cub.2022.06.047

助成金等

  • 科学技術振興機構 (JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ(JPMJPR17QA)
  • 科学研究費補助金(15J40043, 16K18560)

図表等

  • 図1

    図1

    培養個体数(A)および培養液量(B)がイネのストリゴラクトン分泌に与える影響

    credit : 米山香織(愛媛大学)
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  • 図2

    図2

    本研究により明らかにされた実験結果および考察の模式図

    credit : 米山香織(愛媛大学)
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問い合わせ先

氏名 : 米山 香織
電話 : 089-946-9851
E-mail : yoneyama.kaori.wx@ehime-u.ac.jp
所属 : 愛媛大学大学院農学研究科