地球内核は本当に異常な回転運動や水平運動をしているのか?

量子力学シミュレーションが解き明かした地球内核に対応する超高温超高圧条件における鉄の小さな粘性率

量子力学に基づき原子間に働く力を高精度で求めることが可能である第一原理計算法に基づく鉱物物性理論シミュレーションは、実験が困難な条件において物質の性質を研究するために非常に有力な手段です。愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センターのセバスチャン・リッターベックス研究員と土屋卓久教授は、この手法を地球内核に対応する超高温超高圧条件における六方最密型鉄に適用し、鉄の原子拡散挙動及び粘性率の理論予測を行いました。その結果、これまで地球物理学的に提案されてきた、内核がマントルとは異なる自転速度を有するというモデルや水平運動をしているとするモデルを否定します。このことから内核で観測される地震波速度の異方性は、対流運動により生じる固体鉄の結晶方位の配向が原因である可能性が高いと結論付けられます。

本研究成果は、2020年4月14日(火)18時(日本時間)にNature Publishing Groupの発行する学術誌 「Scientific Reports」にオンライン掲載されました。

金属鉄を主成分とする地球内核は、地球中心から深さ5150kmまでの範囲(329~364万気圧、5000~6000ケルビンの超高圧・超高温の条件に対応)に存在する(Image 1)。これまでの研究から、地震によって発生する地震波の速度は、内核を通過する際、その向きに依存して大きく変化することが知られている。この現象は「地震波異方性」と呼ばれており、鉄の結晶粒子が、例えば内核内部の変形などによって、一定の向きに配列することにより生じると考えられている。近年より詳しい研究により、この内核の地震波異方性が、地球の東半球側と西半球側で異なっていることが分かってきた。さらに地震学的な観測から「内核の自転速度」は、地殻やマントルなど内核よりも上部の部分の自転速度と異なっており、揺らいでいるとする報告もなされている。このような内核の特異な性質は、地球深部科学の長年の謎として、世界中の多くの研究者により原因の解明が試みられてきた。これまでに、内核の水平移動により地震波異方性の東西半球非対称を説明しようとするモデルや、自転運動の振動現象により内核の一日の長さの揺らぎを説明しようとするモデルが地球物理学の分野において提案されてきた。しかしながら、これらのモデルは地球中心の温度圧力条件における鉄の「粘性強度」と呼ばれる未知の物性パラメータに大きく依存したものとなっており、それらの信頼性や妥当性については議論の余地が大きく残されたままであった。

物質の粘性特性は、外部から与えられた力(応力)に対して鉄の結晶がどのように塑性変形するかに依存しており、内核のような高温及び小さな応力の条件では、「クリープ」と呼ばれる変形メカニズムが考えられている(Image 2)。固体結晶のクリープは、一般的に「格子欠陥」と呼ばれる結晶構造の乱れが移動することにより実現され、内核の条件では特に「原子拡散」と呼ばれる個々の原子の運動により制約される。内核の条件で実験的に原子拡散を測定することは今日の技術をもってしても不可能なため、愛媛大地球深部ダイナミクス研究センターのセバスチャン・リッターベックス研究員と土屋卓久教授らの研究チームは、「第一原理計算法」と呼ばれる量子力学理論に基づく原子スケールの計算機シミュレーションを、内核物質として有力視されている六方最密型鉄(Image 1)に適用し、六方最密型鉄における原子拡散挙動の予測を行った。この鉱物物性理論の手法は電子の状態や化学結合を高精度で計算することが可能であり、そのため実験が困難な条件における物質の性質の研究においてきわめて強力な手段となる。本研究では、この手法を用いて鉄中で格子欠陥を生成したり移動したりするのに必要となるエネルギーを求め、それに基づき原子拡散を決定した。そして、得られた値を用いて六方最密型鉄多結晶体の巨視的塑性特性を数値的にモデル化した結果、六方最密型鉄の粘性強度は従来の地球物理学的モデリングで予想されていた値よりも小さく、また塑性変形は「転位クリープ」(image 2)と呼ばれるメカニズムにより実現されることを見出した。結晶が転位クリープにより塑性変形する場合は、結晶粒子が定向配列を形成し、地震波異方性を生じることが知られており、地震学な観測の説明に好都合である。

これらの結果は、内核の不思議な性質の原因に対して新たな示唆を与えるものである。今回鉱物物性理論シミュレーションから見出された六方最密型鉄の小さな粘性率は内核とマントルの自転における強い結合を示しており、内核の自転速度の大きな揺らぎは非物理的であることを示唆する。小さな粘性率はまた、水平移動を実現できるほど十分な強度を内核が持たないことを示しており、内核の半球非対称構造は、水平移動以外の何らかの原因により生じていることを意味している。一方、転位クリープによる変形メカニズムは、十分小さな応力でも内核をゆっくりと塑性変形させることが可能であり、これにより内核内部の対流運動が駆動されると考えられる。この際、粘性特性は一定とはならず、加わる応力に依存して変化する。このような振る舞いは非ニュートン流動と呼ばれるものであり、本研究から地球内核の動力学的性質は非ニュートン流動により支配されていると結論付けられる。

本研究により明らかとなった六方型鉄の粘性特性を用いてより定量性の高いモデル化を行うことにより、今後、地球内核の理解が大きく進展すると期待される。

論文情報

Viscosity of hcp iron at Earth’s inner core conditions from density functional theory, Sebastian Ritterbex and Taku Tsuchiya, Scientific Reports, in press, doi:10.1038/s41598-020-63166-66c8007f3-9961-49c4-9996-83a3fec41fae, 2020 (accepted on March 18).

助成金等

  • 文部科学省 科学研究費助成事業 JP15H05834
  • 文部科学省 科学研究費助成事業 JP15K21712

図表等

  • Image1: 地球内部構造の模式図

    Image1: 地球内部構造の模式図

    内核は地球中心の329~364万気圧の圧力範囲、5000~6000ケルビンの温度範囲に存在し、主に六方最密型鉄からできていると考えられている。

    credit : 土屋卓久(愛媛大学)
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  • Image2: 多結晶体の塑性特性と内核の粘性特性

    Image2: 多結晶体の塑性特性と内核の粘性特性

    転位クリープは、転位と呼ばれる線欠陥の移動により結晶格子の横ずれ変形を実現する、塑性変形メカニズムである。このメカニズムには、特定の結晶面に沿った転位のすべり運動と、原子拡散による転位の上昇運動の2つの素過程が存在している。

    credit : 土屋卓久(愛媛大学)
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問い合わせ先

氏名 : 土屋 卓久
電話 : 089-927-8198
E-mail : tsuchiya.taku.mg@ehime-u.ac.jp
所属 : 地球深部ダイナミクス研究センター