優れた超伝導体を開発するための意外な要件

鍵になるのは分子の中で超伝導と無関係と思われていた場所

この研究で取り上げた物質は、同一の物質でありながら、試料によって超伝導体(電気抵抗がゼロ)になったり、絶縁体(電気抵抗が無限大)になったりと、全く矛盾する性質を示す不思議な物質です.この物質中の原子の配列を詳しく調べ、電気特性とも対応させて比較した結果、超伝導体になる試料と絶縁体になる試料の分子のごく一部に非常にわずかな形状の違いがあることが分かりました。全く予想外であったのは、形状の違いが見つかったこの問題の分子の部分は電気の通り道に含まれておらず、超伝導・絶縁の違いといった電子的性質には無関係だと思われていた場所だということです。このことが、約30年間にわたりこの物質の伝導性の謎を誰も解明できなかった理由と思われます。

超伝導体とはある温度以下で電気抵抗がゼロになる特殊な物質です。超伝導体を日本国内の送電線に使うと、それだけで年間原発6基分にも上る電気エネルギーのロスがなくなるだけでなく、東京-名古屋間を40分で結ぶリニアモーターカーなど、夢の技術が実現します。しかし実際には超伝導体の数はごく限られていて、どれも-250℃ぐらいの極低温まで冷やさないと電気抵抗がゼロになりません。超伝導体を実用化するためには、どうしたら優れた超伝導体を開発できるのか、その設計指針を知る必要があります。今回の研究で、その一つの重要なヒントを得ました。

今回の研究に用いたのは電荷移動錯体といわれる種類の物質で、主成分は有機物です。この有機物は超伝導体として有望視されていますが、超伝導体だという研究報告と、反対に全く電気を流さない(絶縁体)という研究報告が混在しています。同じ物質であるのに、なぜそうなるのか、その理由が誰にも分からず、決着がつかないまま、30年程が過ぎています。

今回その謎を解くため、内藤研究室では精細な分析を可能にするためにこの有機物の合成法を再検討し、得られた試料の原子配列と電気特性を詳細に調べました。その結果、超伝導体になる試料と絶縁体になる試料とでは,実に意外なところに違いがあることに気づきました。それは本来電気伝導には関係ないと思われていた分子の一部の形状がそれぞれの試料で非常にわずかながら異なっているということです。試料全体の中で、この部分の形状について一定の条件を満たした試料のみが、冷やした時に超伝導になることが判明しました。

この研究によって30年間にわたり謎だった現象が明らかになったとともに、超伝導体を開発するうえでは、電気伝導に関係ない部分まで、細かく配慮して設計しなければならないことが分かった点も重要な成果です。

参考 URL1: https://doi.org/10.1039/D1MA00933H

論文情報

Organic charge transfer complex at the boundary between superconductors and insulators: critical role of a marginal part of conduction pathways. Toshio Naito, Hayato Takeda, Yusuke Matsuzawa, Megumi Kurihara, Akio Yamada, Yusuke Nakamura and Takashi Yamamoto. Materials Advances 3, 1506-1511(2022). DOI: 10.1039/D1MA00933H. Advanced Online Publication on 2021 (December 15), Published on 2022 (February 8).

助成金等

  • Grant-in-Aid for Challenging Exploratory Research (18K19061) and Grant-in-Aid for Scientific Research (C) (15K05478, 19K05405) of JSPS
  • Tokyo Chemical Industry Foundation
  • Tokyo Ohka Foundation for the Promotion of Science and Technology
  • Kato Foundation for Promotion of Science
  • Iketani Science and Technology Foundation (ISTF; 0331005-A)
  • Casio Science Promotion Foundation
  • Ehime University Grant for Project for the Promotion of Industry/University Cooperation

図表等

  • 本研究で分かった超伝導体の分子構造

    本研究で分かった超伝導体の分子構造

    本研究の対象となった超伝導体の中の、実際に電気が流れている部分の立体分子構造。金色の立方体は硫黄原子(元素記号S)、灰色の立方体は炭素原子(C)、白色の球は水素原子(H)を表している。右上図はこの分子の骨格を模式的に表したもの。手前側のC1, C2, C3およびC4からなる部分が複雑に入り組み、すぐ近く(主に硫黄の上)を通る電流を阻害している。この影響の大小が、低温で超伝導になれるかなれないかの運命を握っている。(本記事のオリジナル論文内のFig.3を転用)

    credit : 内藤俊雄(愛媛大学)
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  • 本研究で分かった超伝導体の分子構造と電子密度分布(その1)

    本研究で分かった超伝導体の分子構造と電子密度分布(その1)

    合成法や冷却の仕方など様々な要因で超伝導体になったり、ならなかったりする不思議な物質の分子配列と電子の分布。こうした物質は超伝導体とそれ以外の普通の物質との丁度境界に位置すると考えられる。従って、どういった物質の条件や特徴が超伝導になるために要求されるのかを見極めるには、最も適した物質である。電流は主に黄色で書かれた原子を渡り歩いて、この図の右上から左下に向かって流れている。それに影響を与え、実際に超伝導になれるかどうかを決めているのが、その電流の“川岸”に位置する、白や薄いピンクの密集した原子の集団。

    credit : 内藤俊雄(愛媛大学)
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  • 本研究で分かった超伝導体の分子構造と電子密度分布(その2)

    本研究で分かった超伝導体の分子構造と電子密度分布(その2)

    こうした物質は超伝導体とそれ以外の普通の物質との丁度境界に位置すると考えられる。従って、どういった物質の条件や特徴が超伝導になるために要求されるのかを見極めるには、最も適した物質である。電流は主に黄色で書かれた原子を渡り歩いて、この図の左上から右下に向かって流れている。それに影響を与え、実際に超伝導になれるかどうかを決めているのが、その電流の“川岸”に位置する、白や薄いピンクの密集した原子の集団。

    credit : 内藤俊雄(愛媛大学)
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問い合わせ先

氏名 : 内藤俊雄
電話 : 089-927-9604
E-mail : tnaito@ehime-u.ac.jp
所属 : 大学院理工学研究科