ナノ秒レーザーパルス照射によってジアリールエテンナノ粒子の光異性化反応が増幅する!

愛媛大学の石橋千英講師、朝日剛教授らの研究グループは、光照射によって可逆的異性化反応を示すジアリールエテンのナノ粒子にナノ秒パルスレーザーを照射すると、その光異性化反応が溶液系と比較して最大で80倍高効率に起こることを見出しました。この増幅メカニズムとして、1つのナノ粒子中で、ナノスケール(ナノ秒時間&ナノメートルスケール)での光熱変換過程と光化学反応との協同効果を提案しています。このようなナノ秒パルスレーザーによる光反応の増幅現象は世界的に例がなく、その概念は新たな光エネルギー利用法として期待できます。

本研究チームは、フォトクロミック反応を示すジアリールエテンナノ粒子に高強度のナノ秒パルスレーザーを照射すると、開環反応が大幅に増大することを発見し、その増幅メカニズムを明らかにしました。この成果は2020年7月4日に国際学術誌 「Chemical Communications」 に掲載され、本号の裏表紙に選出されました。

固体中の有機分子は、隣接する分子間の距離が近く分子運動が制限されたり、お互いが静電的に相互作用をしたりと、溶液中の単独の分子とは周辺環境が異なります。そのために有機固体の分子の光化学反応や光物性が溶液系とは大幅に異なることが期待できます。特に、短パルスレーザーのような光子密度の高い光を有機固体に照射すると、複数の分子と複数の光子とが相互作用をして、通常の光では起こらない化学反応を引き起こす可能性があります。

本研究では、固体試料としてジアリールエテン分子に注目しました。ジアリールエテン分子は1988年に九州大学の入江らによって最初に合成され、光照射によって無色透明の開環体と有色の閉環体の間で可逆的に異性化反応を示します。この光異性化に伴い、色だけでなく、蛍光、屈折率、電気伝導率などの物性が瞬間的に変化します。近年ではジアリールエテン固体に光を照射すると、固体自体が折れ曲がったり、伸縮したりすることを利用したフォトメカニカル機能を持つことも報告されています。そのため、ジアリールエテン分子は、次世代の光エネルギー変換材料として注目されています。

本研究では、このジアリールエテン閉環体のナノ粒子固体を再沈殿法により作製し、光子密度の高いナノ秒パルスレーザー(励起波長532 nm、パルス幅6 ns)を1発照射した後に、ナノ粒子中の閉環体分子から開環体分子への反応量を調べました。その結果、反応量は、ナノ秒パルスレーザーの照射強度(光子密度)に対して3次の傾きを持って増大しました。比較として、同じ濃度で分子状に分散した溶液系においては、反応量は照射強度に対して単調に(1次の傾きで)増加しました。つまり、ナノ秒パルスレーザー照射による反応量の非線形増大は、ナノ粒子固体のみで起こることを初めて見出しました。この反応量の増大メカニズムを説明するために、定常分光および時間分解分光測定の結果をもとに、本研究グループは「1つのナノ粒子中で、ナノスケールでの光熱変換過程と光化学反応との協同効果」を提案しました。これは単純にナノ粒子全体を温めて起こる反応とは異なり、ナノスケールのレーザー過渡加熱(励起分子の光熱変換とナノメートルスケールでの熱伝導)が反応増大の鍵となります。簡単に説明すると、ナノ秒パルスレーザーの1つの光子によって励起された1つの閉環体分子が、ピコ秒という短い時間に隣接する複数の分子を温め高温分子クラスターが生成し、この高温分子クラスター中の分子が残りの光子を吸収することで反応が効率よく進行することです。このような協同現象が起こるためには複数の光子と複数の分子が相互作用する必要があり、分子密度の高いナノ粒子固体と光子密度の高いパルスレーザーの組み合わせで初めて起こります。提案した「1つのナノ粒子中で、ナノスケールでの光熱変換過程と光化学反応との協同効果」は、これまでの多光子―一分子の光応答とは異なる新たなレーザー光反応(多光子―多分子の光応答)として注目されています。

参考 URL1: https://doi.org/10.1039/D0CC00884B

論文情報

Nanosecond laser photothermal effect-triggered amplification of photochromic reactions in diarylethene nanoparticles, Yukihide Ishibashi, Shoki Nakai, Keisuke Masuda, Daichi Kitagawa, Seiya Kobatake and Tsuyoshi Asahi, Chemical Communications, 56, 7088-7091, doi: 10.1039/D0CC00884B, 2020 (July, 4).

助成金等

  • 日本学術振興会 科学研究費助成事業(科研費)新学術研究領域「高次複合光応答」 JP26107011
  • 日本学術振興会 科学研究費助成事業(科研費)基盤研究C  JP19K05211

図表等

  • ナノ秒レーザーパルス照射によって増幅したジアリールエテンナノ粒子の光化学反応

    ナノ秒レーザーパルス照射によって増幅したジアリールエテンナノ粒子の光化学反応

    ナノ秒レーザーパルス照射によりナノ粒子が加熱され、光化学反応が増幅するイメージ。この増幅は、図中に示された化学物質のナノ粒子がレーザーによって瞬間的に加熱され、高温のナノ粒子中で化学反応が起こることに起因し、ナノ粒子固体でのみ起こります。

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問い合わせ先

氏名 : 石橋 千英、朝日 剛
電話 : 089-927-9943
E-mail : ishibashi.yukihide.mk@ehime-u.ac.jp、asahi.tsuyoshi.mh@ehime-u.ac.jp
所属 : 大学院理工学研究科