トカラ海峡の岩礁周囲に生じる強力な乱流混合と黒潮の肥沃化

〜世界最大級の乱流混合・栄養塩供給を捉えた〜

黒潮の豊かな生態系の維持に不可欠である下層から光合成可能な表層への栄養塩供給機構を解明するため、水産研究・教育機構、九州大学、東京大学、愛媛大学、鹿児島大学および東京海洋大学の共同研究チームは、鹿児島県南方沖のトカラ海峡を黒潮が通過する際、急峻な地形により攪拌されることで、どれだけの量の硝酸塩(植物プランクトンの成長に必要な栄養塩の一つ)が光合成可能な表層へと輸送されているかを、最新の計測技術を駆使して調べました。その結果、黒潮がトカラ列島の岩礁にぶつかったときに生じる強力な乱流と湧昇効果の詳細を捉えることにより、乱流による下層から表層への硝酸塩の鉛直輸送量を正確に計測することに成功しました。計測された硝酸塩の表層への鉛直輸送量は、年間最大で1平方キロメートル当たり約2万トン(黒潮流域の約3千トンの魚類生産を支える値)補足1-2と、これまで世界の海で報告された輸送量の中でも最大規模のものです補足3。この結果は、黒潮の流路上に存在する島や岩礁・海山などの急峻な地形により引き起こされる乱流混合や湧昇による表層への栄養塩の供給が、黒潮の豊かな生態系の維持に重要な役割を果たしている可能性を示しています。


この研究成果は、2021325日午前9時(米国東部夏時間、日本時間2522時)に米国地球物理学連合速報誌Geophysical Research Lettersにオンライン掲載されました。

島や岩礁・海山(以後、簡単のため島と呼ぶ)などの急峻な地形の周辺が漁場となることは古くより漁業者などには知られた現象で、学術的には「島陰効果(英語ではIsland Mass Effect)」として、多くの調査研究が世界中の海で行われてきました。

現場調査や人工衛星による観測によって島の背後における植物プランクトンの増加が捉えられることがあります。これは、急峻な地形に流れがぶつかることで生じる擾乱によって、植物プランクトンの成長に必要な栄養塩が下層 から光のあたる表層へと供給され、植物プランクトンによる一次生産が増大された結果であると理解されています。しかしながら、乱流を伴う擾乱の実態を調べることは技術的に困難であったことから、擾乱による栄養塩の供給量の把握など、島陰効果の定量的な理解は進んでいませんでした。

このような中で、水産研究・教育機構、九州大学、東京大学、愛媛大学、鹿児島大学および東京海洋大学の共同研究チームは、科学研究費補助金・新学術領域研究「海洋混合学の創設:物質循環・気候・生態系の維持と長周期変動の解明」(2015-2019年度、領域代表者:安田一郎(東京大学教授))により、黒潮が通過する鹿児島南東沖のトカラ海峡において乱流混合に関する多くの調査研究を実施し、様々な研究成果を上げてきました。

本研究成果は、同研究プロジェクトの一環として、黒潮の流れがトカラ海峡の急峻な地形を通過することによって黒潮の内部が鉛直的にかき混ぜられることで、どれだけの量の硝酸塩(植物プランクトンが成長するために利用する主要栄養塩の一つ)が光合成可能な表層へと輸送されるのかを解明することを目的に、鹿児島大学水産学部附属練習船「かごしま丸」によるKG1615航海(201611月実施)において実施し、得られたものです。黒潮が通過するトカラ海峡の岩礁(平瀬:水深500 mの基底部の直径が約15 kmの海山で、山頂部は僅かに海面から出ている。図1a-b参照)の上流から下流にかけて(図1b参照)、流れ、乱流、水塊構造、栄養塩(硝酸塩)濃度、音響散乱強度(海中の急激な密度変化を捉える)などの変動の詳細を観測しました。特に、栄養塩の鉛直輸送量を把握するため、乱流計に硝酸塩濃度計を搭載した新たな計測手法(図1c参照)を導入し、これまで計測が困難であった乱流混合による硝酸塩の鉛直輸送量(硝酸塩乱流拡散フラックス)の正確な計測(図1d参照)を実施することができました。

音響散乱強度の分布には、流れが岩礁を通過した後に、等密度面が波打つ様子とともに、ひし形が並んだような構造が捉えられています(図1eの赤枠の内部)。これは、軽い水と重い水が上下に層を成す境界を境に上層と下層の流速の差が大きくなり一定の条件が揃うと生じる波動現象で、この波が崩れる際に鉛直的な強い乱流混合が生じます。今回見られた波の高さは60 mに及ぶ巨大なものでした(図1e参照)。新たな計測手法により観測された、この乱流混合による硝酸塩の鉛直輸送量は、最大で1平方キロメートル当たり約2万トン/年に相当し、世界的にみても最大級の値でした 。この鉛直輸送が1平方キロメートルに渡って分布しているとすると、黒潮流域における約3千トンの魚類生産を支える値補足1-2となります。トカラ海峡周辺の黒潮の流路上に存在する他の島や岩礁・海山などの急峻な地形の周辺においても、同様の現象が生じていると推察されることから、今回観測されたような地形性の乱流混合や湧昇による表層への栄養塩供給は、黒潮の豊かな生態系の維持に重要な役割を果たしている可能性が高いと言えます。

本研究により、黒潮流域における多島海域やその下流域における生物生産を支える栄養塩の供給に関する理解が飛躍的に進みました。その一方で、海域全体における栄養塩の供給構造や、その生態系への影響と魚類生産への寄与などの理解には至っていないことから、今後も継続した調査が必要です。また、様々な海域における生物生産性を理解するためにも、栄養塩の鉛直輸送量の定量化は不可欠であるため、当研究プロジェクトにおいて開発した計測手法の活用を広く進めていく計画です。

補足説明

補足1:肥沃効果の見積もりは、計測された硝酸塩フラックスの最大値が1平方キロメートルに渡って有光層の直下に分布していたと仮定した場合のものです。トカラ海峡には、多くの島や岩礁・海山などが分布することから、海域全体では、今回の見積もり以上の肥沃効果があると考えられます。

補足2:観測された硝酸塩フラックスから魚類の生産量を見積もるためには、様々な仮定が必要となります。また、この見積もりは、仔稚魚の初期減耗率などを考慮していないなど、極めて簡略化されたものであり、漁獲対象となる成魚の資源量や漁獲量とは異なります。

補足3:世界の海洋のうち、ペルー沖やカリフォルニア沖などの大洋の西岸域では沿岸湧昇が発達し、下層から表層への栄養塩供給により生産力の高い海域となっています。活発な沿岸湧昇域での下層水の上昇速度(〜5/day)および下層の硝酸塩濃度(約30mmol/m3)から、湧昇域での硝酸塩の鉛直輸送量を見積もると150mmol/m2/dayとなり、これを1平方キロメートルあたりの年計の値に直すと約3400トンとなります。本研究で得られた値(2万トン)はこれを上回っています。

参考 URL1: https://doi.org/10.1029/2020GL092063

論文情報

How a small reef in the Kuroshio cultivates the ocean, Daisuke Hasegawa, Takeshi Matsuno, Eisuke Tsutsumi, Tomoharu Senjyu, Takahiro Endoh, Takahiro Tanaka, Naoki Yoshie, Hirohiko Nakamura, Ayako Nishina, Toru Kobari, Takeyoshi Nagai, and Xinyu Guo, Geophysical Research Letters, doi: 10.1029/2020GL092063, 2021 (March 25).

助成金等

  • JSPS科研費 JP15H05818, JP15H05821, JP18H04914, JP16H01590, JP18H04920, JP18H04917

図表等

  • 観測海域、最新の観測機器、捉えられた強力な乱流混合とそれに伴う硝酸塩供給の概略図

    観測海域、最新の観測機器、捉えられた強力な乱流混合とそれに伴う硝酸塩供給の概略図

    図1(a)観測海域の海面高度分布と黒潮の流れ。(b)平瀬周辺で計測した中層の流速分布(黒棒)と中層(150-300 m)における乱流の強度(平均値)。(c)硝酸塩濃度計を搭載した乱流計。(d)硝酸塩濃度計を搭載した乱流計による観測値の例。黒色の線は乱流による流速の微細な変動。変動の幅が大きいほど乱流強度が強いことを示している。桃色、緑色、赤色の線は、それぞれ、乱流の強度、硝酸塩濃度および硝酸塩乱流拡散フラックスを表す。(e)音響散乱強度(色)と流れの強さ(矢印)。赤色の矢印は反流を表す。黒色の線は乱流による流速の微細な変動。赤枠内で青色の輪郭が大きく波打っているのは上下層の速度差により発達して砕波する海洋内部の波(ケルビン ヘルムホルツ波)を示している。

    credit : 国立研究開発法人 水産研究・教育機構 水産資源研究所 塩竈庁舎 長谷川大介
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