研究が研究者に与える影響とは

省察性の観点から

【研究成果のポイント】
・研究と研究者の関係性を省察性の観点から考察し、特に、研究が研究者に与える影響(retrospective reflexivityとよばれます)について、自身の9年間のインタビュー調査の再分析を通じて考察しました。
・特に長期間の研究においては、ある研究が研究者に対して理論面、研究方法面、研究者の心理面など、多方面に渡って影響を与える可能性があることを実証的に示しました。
・これまであまり議論されてこなかった、「研究における研究者の人間性」を積極的に認め、研究者が自らの感情に注意を払うことで、研究自体を深める可能性があることを示しました。

【研究の概要】
近年、様々な学問分野において、研究と研究者の関係性が「省察性」という枠組みで議論されています。省察性とは、「研究者の人間性が研究に影響を与え、また、研究者も研究から影響を受ける」という考え方で、これまで主流であった、研究の客観性を重視する考え方とは一線を画すものです。本論文では特に、これまで分野を問わず議論が足りていなかった、後者の「研究が研究者に与える影響」に焦点を当てました。研究が研究者に与える影響について、これまで注目されていなかった「研究者の感情」を含めて幅広く実証的に分析し、retrospective reflexivityの概念的・方法論的定義を提供するとともに、分野を超えて応用可能な、分析の枠組みを提示しました。

本論文の出発点は、2012年から2021年に2人の日本人多言語学習者を対象として行った、学習動機づけに関するインタビュー調査です。私の当初の研究トピックは英語学習の動機づけだったのですが、2人が英語だけでなく多言語の学習を進めていたことに刺激を受け、多言語学習動機づけに研究の興味が広がりました。また、研究終了直後に、調査に協力してくれていた、9年間で計9か国語を学んだという1人の素晴らしい多言語学習者が亡くなってしまったことから、自分自身が心理的にも大きな影響を受けました。そして、このような背景から、徐々に研究と研究者の関係性について考えるようになりました。そのような中で出会ったのが、「省察性」という概念です。

省察性とは、「研究者の存在が様々に研究に影響し、また、研究者も研究から影響を受ける」という考え方で、近年、私の専門である応用言語学だけでなく、教育学や医学など、様々な分野で議論されているトピックです。省察性の考え方には、違和感がある人もいるかもしれません。「研究」ときくと、おそらく誰しも、その客観性の重要性や、研究者の中立的な存在を重視するからだと思います。私自身も、研究者というものはなるべく中立的であるべきであり、黒子のような存在であるように考えてきた時期もありました。しかし、上記のように、9年という長い時間をかけた研究に取り組むにつれ、自分が行っていた研究が自身に様々な影響を与えていることを自覚するようになりました。そこで取り組んだのが、今回の論文です。

省察性に関する多くの研究では、「研究者が研究に与える影響」(prospective reflexivityとよばれます)が議論されています。一方、本論文では、自分の経験から特に重要だと考えられた、「研究が研究者に与える影響」(retrospective reflexivityとよばれます)を実証的に検証しました。具体的に検証の材料としたのは、この研究を書籍の形で出していた原稿の一部と、当時、自分がつけていた日記です。研究に立ち返り、自分が書いたものを再分析することにより、結果として、私が研究から受けた影響が、理論面、研究方法面、そして何より、私の感情を含む心理面と、広くに渡ることが明らかになりました。さらに、「研究者の感情」という、ともすれば研究の世界では避けられがちな内容に正面から向き合うことが、実は、研究自体を深める可能性があることがわかりました。

これらを基に、論文では、retrospective reflexivityの概念的・方法論的定義を提供するとともに、様々な分野で応用可能な、分析の枠組みを提示しました。研究者が自身の人間性を「弱さ」と捉えるのではなく、積極的に認めていくこと、また、研究と研究者の相互関係を自覚することが、様々な学問分野における研究のより一層の発展につながるのではないかと考えています。

参考 URL1: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2772766126000546

論文情報

Title:Retrospective reflexivity and researcher emotions in applied linguistics research:Toward a fuller understanding of reflexivity
Journal:Research Methods in Applied Linguistics
Authors:Takahashi Chika
DOI:10.1016/j.rmal.2026.100348

図表等

  • 図1

    図1

    省察性の循環的性質

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  • 図2

    図2

    2つの異なる水準で研究者の感情がデータの再解釈を促す仕組み

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問い合わせ先

氏名 : 高橋 千佳
電話 : 089-927-9348
E-mail : takahashi.chika.qr@ehime-u.ac.jp
所属 : 愛媛大学法文学部・教授