反発するはずの引き合う分子

正電荷を持つ反芳香族分子が重なって安定化する新しいπスタック二量体の発見

【研究成果のポイント】
・本来不安定とされる反芳香族分子が、分子同士で重なり合うスリップスタック構造を形成することを発見
・正電荷を持つ分子同士にもかかわらず、π電子相互作用により安定な二量体が形成されることを実証
・溶液中と結晶中の両方で分子が積み重なった構造を実験的に確認
・分子が重なることで電子構造が変化し、反芳香族性が部分的に緩和されることを理論計算から明らかにした

【研究成果の概要】
愛媛大学大学院理工学研究科の髙瀬雅祥教授らの研究グループは、不安定とされる反芳香族分子が、分子同士で重なり合うことで安定な二量体を形成する現象を発見しました。
一般に、芳香族分子(ベンゼンなど)は安定な電子構造を持ち、分子同士が積み重なるπ–π相互作用などによって集合体を形成することが知られています。一方で、本来不安定とされる反芳香族分子は、face-to-faceで積み重なり合うと、単量体で見られる反芳香族が弱まり、むしろ芳香族性を示すことが理論・実験の両面から実証されてきました。
本研究では、独自に合成した反芳香族分子「homoHPHACカチオン」が、正電荷を持つにもかかわらず、互いに少しずれた状態で積み重なるπスタック二量体を形成することを明らかにしました。さらに、分子が重なり合うことで電子構造が変化し、反芳香族性が部分的に緩和されることも確認しました。
本成果は、反芳香族分子の新しい分子集合の仕組みを示すものであり、π電子系分子の設計や新しい機能性分子材料の開発につながることが期待されます。
本成果は、2026年3月4日付で英国王立化学会誌 Chemical Communications のオンライン版に掲載されました。また、同誌のテーマ別コレクション「Celebrating 200 Years of Benzene」にも収録されています。さらに、同誌2026年3月31日発行の第62巻第25号において、表紙裏図に採択されました。

芳香族分子は、安定な電子構造を持つことで知られています。これらの分子はπ電子を共有する平面構造を持ち、分子同士が重なり合うπ–π相互作用によって集合体を形成することがあります。一方で、芳香族とは異なる電子構造を持つ反芳香族分子は不安定であり、分子同士が完全に重なり合った場合には、その不安定性が軽減されると考えられてきました。

本学の研究グループは、独自に開発してきたπ電子系分子「homoHPHACカチオン」に着目し、その分子構造と集合挙動を詳しく調べました。その結果、外周部の置換基を部分的に減らした分子において、正電荷を持つにもかかわらず、π電子面同士が重なったπスタック二量体を形成することを発見しました。

X線結晶構造解析では、2つの分子が完全に重なるのではなく、互いに少しずれた状態で積み重なった「スリップスタック構造」が確認されました。分子平面間の距離は約3.3オングストロームで、典型的なπ–π相互作用の距離に相当します。また、溶液中でのNMR測定からも、分子濃度や温度に応じて単量体と二量体の平衡が存在することが明らかになりました。

さらに、結晶構造に基づく量子化学計算による電子構造解析から、分子が重なり合うことで分子軌道が安定化し、反芳香族分子に特有の不安定性が部分的に緩和されることが示されました。この結果は、完全なπスタック二量体形成によって反芳香族分子が安定化されるとする従来の理解を拡張する可能性を示しています。

反芳香族分子がこのようなπスタック二量体を形成する実験例はこれまで非常に限られており、本研究はその理解を大きく前進させる成果です。今後、このような分子集合体の設計原理を明らかにすることで、新しい電子材料や機能性分子の開発につながることが期待されます。

参考 URL1: https://doi.org/10.1039/D5CC07392H

論文情報

タイトル:π-Stacked Dimerization of an Antiaromatic HomoHPHAC Monocation
著者:Kaito Wada (愛媛大学), Yuma Tanioka (愛媛大学), Shigeki Mori (愛媛大学), Hidemitsu Uno (愛媛大学), Masayoshi Takase* (愛媛大学) (*責任著者)
掲載誌:Chemical Communications 2026, 62, 6716–6720
DOI:10.1039/D5CC07392H
掲載日:2026年3月4日

助成金等

  • 日本学術振興会 科学研究費補助金(JSPS KAKENHI) JP24K01470
  • 愛媛大学リサーチユニット 「円環型π電子系の分子性物質創成研究ユニット」https://org-pi.sci.ehime-u.ac.jp

図表等

  • 選択的な置換基除去により、正電荷を持つ反芳香族分子がπスタック二量体を形成

    選択的な置換基除去により、正電荷を持つ反芳香族分子がπスタック二量体を形成

    外周部の置換基を除去することで、正電荷を持つ反芳香族分子がわずかにずれた「スリップスタック構造」を形成し、反芳香族性が弱められた安定な二量体となる様子を示す。

    credit : 英国王立化学会
    Usage Restriction : 使用許可を得てください

  • 収穫が導く分子の重なり:正電荷を持つ反芳香族分子のπスタック二量体

    収穫が導く分子の重なり:正電荷を持つ反芳香族分子のπスタック二量体

    外周部の置換基を「収穫」することで、平面性の高い反芳香族分子(homoHPHACカチオン)が現れる。通常は反発する正電荷同士であるにもかかわらず、分子はわずかにずれたスリップスタック構造をとり、π電子面を重ねて安定な二量体を形成する。この分子の重なりによって電子構造が再編成され、反芳香族性が部分的に緩和される。背景の段々畑は、分子設計によって引き出される新たな分子集合の可能性を象徴している。

    credit : 英国王立化学会
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問い合わせ先

氏名 : 髙瀬 雅祥
電話 : 089-927-9610
E-mail : takase.masayoshi.ry@ehime-u.ac.jp
所属 : 愛媛大学大学院理工学研究科(理学部)