月は私たちが思うよりも鉄が多い?
月の直方輝石における弾性波速度測定から月の鉄分量を推定
【研究のポイント】
・月マントルの主要鉱物と考えられる直方輝石のP波・S波速度を高圧高温条件(最大5.5万気圧、1000℃)で測定。
・直方輝石の体積弾性率および剛性率は鉄含有量の増加に伴い減少する。
・月の地震波速度および密度の観測結果と比較すると、月の上部マントルは鉄を豊富に含む可能性が高い。
【研究の概要】
愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センターなどからなる研究チームは、月内部に相当する高圧高温条件下で、月のマントル組成の直方輝石の弾性波速度(P波およびS波速度)を測定しました。得られた実験データを、NASAのアポロ計画で得られた地震観測モデルと比較した結果、月の上部マントル(深さ40〜740 km)は、これまで考えられていたよりも鉄を多く含む可能性が高いことが明らかになりました。この新たな知見は、地球—月系の形成および進化の理解に重要な示唆を与えるものです。
月は地球の唯一の天然衛星であり、地球から約38万4,000kmの距離を公転する岩石天体です。その起源として最も有力な説は「巨大衝突説」であり、約45億年前、火星サイズの原始惑星「テイア」が若い地球に衝突したことで形成されたと考えられています。誕生直後の月は「マグマオーシャン」と呼ばれる高温の溶融状態にあり、その後の冷却過程で鉱物組成や鉄の量が異なる層が結晶化し、現在の内部構造が形成されました。月には地球のような風化やプレートテクトニクスがほとんど存在しないため、その内部構造は形成当時の状態を比較的よく保っていると考えられています。このため、月内部の研究は、初期地球の組成や地球—月系の進化を理解する手がかりとなります。
現在、月内部に関する情報は主に、NASAのアポロ計画で設置された地震計によって得られた月震データに基づいて推定されています。しかし、地震波の速度を具体的な鉱物組成に結び付けるためには、月マントルを構成する鉱物の弾性波速度を、高圧高温条件下で測定する必要があります。特に、月の鉱物は地球のものに比べて鉄に富んでいるため、その物性データは十分に調査されていませんでした。
愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センターなどからなる研究チームは、大型放射光施設SPring-8に設置されたマルチアンビル装置を用い、超音波測定と放射光X線測定を組み合わせることで、月マントルの主要鉱物である直方輝石のP波・S波速度および密度を、最大5.5万気圧、1000℃の高圧高温条件下で測定しました。さらに、得られた弾性データと鉄に富むかんらん石の既存データを組み合わせ、月上部マントルの岩石モデルにおける地震波速度と密度を計算しました。
その結果、月の上部マントル(深さ40〜740 km)の地震観測データを説明するためには、約20mol%の鉄を含むマントル組成が必要であることが明らかになりました。この結果は、従来のモデルよりも月マントルが鉄に富んでいる可能性を示しています。本研究の成果は、地球—月系の形成および進化に関する理解に重要な影響を与えるものです。例えば、巨大衝突を引き起こした天体テイアは、従来考えられていたよりも高密度で鉄に富んでいた可能性が示唆されます。また、初期の月はより活発な火成活動や内部ダイナミクスを持っていた可能性があり、その結果として、より速い冷却過程や長期間持続するダイナモ(磁場生成)が起きていた可能性も考えられます。
参考 URL1: https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1029/2025GL118120
論文情報
P- and S-wave Velocity Measurement of Lunar Orthopyroxene up to 5.5 GPa and 1,273 K: Implication for the Iron Content of the Lunar Upper Mantle, Yoshihiro Inoue, Yoshio Kono, Steeve Gréaux, Jie-Jun Jing, Sho Kakizawa, Itaru Ohira, Noriyoshi Tsujino, Yuji Higo, Geophysical Research Letters, 53, e2025GL118120, doi:10.1029/2025GL118120, 2026 (January 15)
助成金等
- JSPS KAKENHI (Grant Numbers: 21H04622, 22K18736, 23KK0065, 23K25970)
図表等
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月の構成鉱物の弾性波速度を測定することで、月の内部構造を探る
月の構成鉱物における弾性波速度測定の概念図。
credit : Steeve Gréaux
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月の上部マントル岩石のP波、S波速度および密度モデル
平均的な月地温曲線(Guo et al., G3 2024)に沿った(a)P波速度(VP)と(b)S波速度(VS)、および(c)密度モデル。それぞれ鉄含有量が20mol.%(本研究)と13mol.%(以前の推定値)の月の上部マントル岩石について示されている。NASAのアポロ計画の地震データ(Weber et al., Science 2011; Garcia et al., SSR 2019)との比較から、月の内部は岩石学的研究に基づく以前の推定値よりも鉄が豊富であることが示唆される。
credit : Yoshihiro Inoue
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問い合わせ先
氏名 : 井上義洋、Steeve Gréaux
電話 : 089-927-8405
E-mail : greaux.steeve_georgi.me@ehime-u.ac.jp
所属 : 愛媛大学先端研究院地球深部ダイナミクス研究センター
