右手左手が生む量子状態

右手系・左手系が混ざった非磁性層に挟まれた磁性層で、スピン液体と呼ばれる量子状態の性質が現れる

【研究のポイント】
・磁性層を直接鏡像異性体にしない物質設計
・磁性層を鏡像異性体からなる非磁性層で挟む物質設計
・量子ゆらぎの実現に不利な条件にある磁性層でも量子ゆらぎを示す
・右手系と左手系のキラルイオンの混合が磁性層の量子ゆらぎを促進する可能性

【研究の概要】
右手系の分子と左手系の分子(鏡像異性体)は、見た目はよく似ていても性質が異なり、たとえば薬では片方だけが効くことがあります。最近は、磁石や電気伝導などの機能性材料を開発する分野でも、磁性や伝導性の源となる「価電子」を含む分子や金属錯体を、右手系や左手系に作り分ける研究が盛んです。
私たちはこの流れとは少し違い、磁性を担う分子の層(磁性層)そのものではなく、それを挟む非磁性層のほうを鏡像異性体で構成したら、物質のふるまいを変えられるのではないかと考えました。
その結果、磁石の向きが簡単には定まらない「量子的な状態(量子ゆらぎ)」は、一般に価電子が正三角形の頂点に並ぶ(正三角形格子を作る)ことが重要だとされてきましたが、この条件から大きく外れた磁性層であっても、右手系と左手系が混ざった非磁性層に挟まれると、量子的な挙動が現れることを見いだしました。
この発見は、量子コンピュータなどへの応用へ向けた材料開発の新しい設計指針になるだけでなく、量子性をより観測しやすくすることで、電子の性質そのものを調べる基礎研究にもつながると期待されます。

右手系・左手系という“鏡写し”の違いがある物質(鏡像異性体)は、見た目がよく似ていても性質を大きく変えることがあり、薬では片方だけが効く例がよく知られています。近年は機能性材料の分野でも、磁性や伝導性を担う分子や金属錯体を右手系・左手系に作り分け、性質を制御しようとする研究が盛んです。
本研究が狙ったのは、「量子スピン液体」と呼ばれる特別な磁気状態です。通常、磁性体では低温になると小さな磁石(スピン)が同じ向きにそろって“磁石らしく”なります。しかし量子スピン液体では、極低温でもスピンが整列せず、量子ゆらぎが保たれます。この状態は半世紀ほど前から注目され、いまも実現と理解が大きな挑戦課題です。
分子結晶に属する磁性物質では、価電子が正三角形の頂点に配置されることで、電子スピンが整列しにくい条件(“そろいにくさ”)が生まれると考えられてきました。そこで多くの研究は、磁性を担う分子層(磁性層)の“格子”をどう設計するか、磁性層に鏡像異性体を導入したらどうなるのか、に焦点を当ててきました。
私たちは視点を変え、磁性層そのものではなく、それを挟む非磁性層を鏡像異性体で構成したら何が起こるかを調べました。ここで重要なのは、非磁性層が右手系だけ、あるいは左手系だけで揃っているのではなく、両者が混ざっている点です。実際に私たちは、κ-(BEDT-TTF)2[BR/S(salicylate)2] という新しい層状結晶を得て、その構造と物性を詳しく調べました。
この物質について、電気抵抗、磁化、比熱、分光、計算など複数の手法で評価したところ、低温で量子的なふるまいを示す兆候が現れました。とくに、従来は「正三角形に近い格子」が重要とされる量子状態が、条件から大きく外れた磁性層であっても、右手系と左手系が混合した非磁性層に挟まれることで現れうることが示された点が、本研究の核心です。
本成果は、鏡像異性体を“磁性を担う側”ではなく“挟み込む側”に使う、しかも鏡像異性体の片方に揃えず混合したままという、これまでと違う材料設計の道筋を示しました。量子コンピュータなどの将来技術につながる材料探索のヒントになるだけでなく、量子性を観測しやすくすることで、電子の性質そのものを調べる基礎研究にもつながると期待されます。

論文情報

タイトル:2D Quantum Spin-Liquid Candidate Including a Chiral Anion: κ-(BEDT-TTF)2[BR/S(salicylate)2]
著者:T. J. Blundell, K. Sneade, J. O. Ogar, S. Yamashita, H. Akutsu, Y. Nakazawa, T. Yamamoto, and L. Martin,
掲載誌:Journal of the American Chemical Society, 147(7), (2025) 5658-5668
Feb 6, 2025
DOI:10.1021/jacs.4c12386

助成金等

  • JSPS科研費23K04691

図表等

  • 分子性層状磁性体<em>κ</em>-(BEDT-TTF)<sub>2</sub>[B<sub><em>R/S</em></sub>(salicylate)<sub>2</sub>]の分子の並び方を示した概略図

    分子性層状磁性体κ-(BEDT-TTF)2[BR/S(salicylate)2]の分子の並び方を示した概略図

    credit : 山本 貴
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