フェムト秒レーザーで1本のナノファイバー中の励起子拡散を可視化

独自開発したフェムト秒顕微分光装置による有機半導体ナノ構造における光エネルギー移動の直接観測

【研究のポイント】
・世界で初めて、単一の銅フタロシアニンナノファイバー内での励起子拡散をフェムト秒時間分解で直接観測
・励起子拡散係数・拡散長が結晶相(η相とβ相)やファイバーの長さで大きく異なることを実証
・分子配列やπ–π相互作用の違いが光エネルギー移動に与える影響を明確化
・有機光電変換材料の設計指針としての応用が期待される

【研究の概要】
愛媛大学大学院理工学研究科の石橋 千英准教授らの研究グループは、独自に開発したフェムト秒顕微分光法を用いて、単一の銅フタロシアニンナノファイバーにおける励起子拡散過程を直接観測することに成功しました。これまで集合体全体の平均的な情報しか得られなかった励起子拡散係数と拡散長を、単一ファイバーごとに測定した結果、η相のナノファイバーではβ相よりも約3倍高い拡散係数を示すことが明らかになりました。これは、η相における分子平面の傾斜角やπ電子系の重なりが大きく、分子間の励起子相互作用が強いことに起因します。さらに、同じ結晶相でもファイバーの長さが長くなると、励起子拡散係数は低くなることも明らかになりました。本研究は、有機分子結晶の光物性理解を深めるだけでなく、有機太陽電池や光エネルギー変換デバイスの高効率化につながる重要な成果です。
研究成果は、アメリカ化学会発行のThe Journal of Physical Chemistry Letters 誌電子版へ2025年10月31日に掲載されました。

近年、有機半導体材料は軽量で柔軟性に富み、次世代の光エネルギー変換デバイスや有機太陽電池の中核材料として注目されています。これらの性能を左右する重要な要素が、光励起によって生じる「励起子」が分子間をどのように移動するか、すなわち励起子拡散の過程です。しかし、これまでの研究では集合体全体の平均的な情報しか得られず、個々の結晶やナノ構造中での拡散挙動を直接観測することは困難でした。

今回、愛媛大学工学部石橋 千英准教授らの研究グループは、フェムト秒レーザーを用いた時間分解単一粒子分光法を開発し、銅フタロシアニン(CuPc)ナノファイバーにおける励起子拡散を1本単位で可視化することに成功しました。この分子結晶はη(イータ)相とβ(ベータ)相の2種類の結晶構造をもつことが知られており、それぞれで分子配列やπ–π相互作用の強さが異なります。

測定の結果、η相ナノファイバーの励起子拡散係数はβ相の約3倍に達し、より長距離にエネルギーが伝わることが明らかになりました。この違いは、η相における分子面の傾斜角が大きく、隣接分子間のπ電子系の重なりが強いことによる励起子相互作用の増強に起因します。また、同一の結晶相内でも拡散係数に分布が見られ、微小な欠陥や構造乱れが励起子の移動効率を左右することが示唆されました。

本研究は、有機結晶中での励起子拡散をナノスケールで直接観測した初めての成果であり、分子配列と光エネルギー移動の関係を明確にするものです。これにより、有機光電変換材料やフォトンエネルギーデバイスの高効率設計に向けた新たな指針を提示することができました。

参考 URL1: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.jpclett.5c02998

論文情報

タイトル:Femtosecond Single-Particle Spectroscopy of Exciton Diffusion in Individual Copper Phthalocyanine Nanofibers
著者:Yukihide Ishibashi*, Yuto Shiraishi, Miyu Morita, Ryo Kihara, Tsuyoshi Asahi*
掲載誌:The Journal of Physical Chemistry Letters
DOI:10.1021/acs.jpclett.5c02998, 2025(Octorber 31)

助成金等

  • 日本学術振興会 科学研究費補助金(JSPS KAKENHI)JP23H04876, JP24K08355

図表等

  • 単一銅フタロシアニンナノファイバーにおける励起子拡散のフェムト秒単一粒子分光

    単一銅フタロシアニンナノファイバーにおける励起子拡散のフェムト秒単一粒子分光

    フェムト秒時間分解単一粒子分光法を用いて、銅フタロシアニン(CuPc)ナノファイバー中の励起子拡散を直接観測。η相とβ相の結晶構造により、励起子拡散係数(D)が大きく異なることが明らかになった。ファイバーの長さが長くなると、Dが低下する「サイズ効果」も観測された。

    credit : アメリカ化学会
    Usage Restriction : 使用許可を得てください

問い合わせ先

氏名 : 石橋 千英
電話 : 089-927-9943
E-mail : ishibashi.yukihide.mk@ehime-u.ac.jp
所属 : 愛媛大学大学院理工学研究科(工学部)