ハロゲンが解き明かす月地殻の形成過程
ハロゲンが明らかにした月地殻の形成過程と対照的な月表面の二分性の起源
【研究のポイント】
・月の地殻中鉱物にはフッ素や塩素といった揮発性元素が存在しているが、これらが地殻形成過程とどのような関係にあるのかはよくわかっていなかった。
・愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センターの研究者らは、月環境条件下における塩素の鉱物-マグマ間分配を実験的に調べた。
・実験結果をモデル計算と組み合わせた結果、月の表側は裏側に比べて、これまで考えられていたよりも塩素が多く濃集しており、これは表側で起こった火山活動などによって供給された塩素に起因する可能性が高いことがわかった。
・塩素に乏しい月の裏側地殻はより始原的なマントル物質を含み、月地殻の初期状態をよく保存していることがわかった。
【研究の概要】
月の表側と裏側の非対称性の成因を探る研究が、ハロゲン元素(特に塩素)に着目して行われた。高圧高温実験とモデル計算により、表側の地殻は塩素に富む蒸気の影響を受けて変質しており、広範囲な火山活動と関連している可能性が示された。一方、裏側はそうした影響を受けず、月の初期状態をよりよく保存していることが明らかになった。
月は約45億年前、原始地球と火星ほどの大きさの天体「テイア」との衝突によって誕生したと考えられています。この衝突によって膨大なエネルギーが生まれ、地球と月の表面はマグマの海に覆われたと推定されています。そしてマグマが冷却する過程で月全体に均一な地殻が形成したと考えられてきました。しかし、実際の月表面は均一ではなく、地球から見える表側と、見えない裏側では、まったく異なる表情をしています。表側には黒い「海」と呼ばれる地域が広がっていますが、裏側はほぼ全面が白い高地で、「海」はほとんど存在しません。月の「海」は、約35億年前に主に表側で噴出した玄武岩質のマグマによって形成されたことがわかっています。一方で、裏側ではこのような活動はほとんどありませんでした。月の表と裏ではその進化はまったく異なっていたのです(Fig.1)。
この違いのカギは、月のサンプルに含まれるごく微量のハロゲン元素(フッ素や塩素)にあるかもしれません。愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センターの研究チームは、ドイツのミュンスター大学とオランダのアムステルダム自由大学と連携し、これまで乏しかった月環境に近い条件で高圧・高温実験を行い、塩素(Cl)が鉱物と共存するマグマとの間でどのように分配されるかについて新たなデータを取得しました。こうした実験結果を基に、月の内部進化モデルと組み合わせて検討した結果、表側の地殻には異常なほど塩素が多く含まれていることがわかりました。一方で、裏側の地殻にはこのような塩素の濃集は見られませんでした。
我々はこうした表裏の塩素量の違いは、気化した塩化化合物(おそらく金属塩化物)が表側の岩石に取り込まれたことに起因すると結論づけました。塩素は揮発性が高く、マグマに溶けにくいため、この現象は表側の月の「海」の広範囲な火山活動や衝突にともなう脱ガス現象と関連している可能性があります。一方で、塩素を含まない裏側の地殻は、約43億年前に月の内部から供給されたマグマから形成されたものであり、月誕生直後のマグマの海(マグマオーシャン)の痕跡を保存していると考えられます。
この研究から、塩素に富む蒸気の存在が、私たちが目にする月の表側を変貌させた大きな要因だったことが分かりました。逆に、私たちには見えない裏側はそうした蒸気にさらされず、より始原的な情報を保存しているのです。この結果は、近年進む月の裏側探査の科学的重要性を支持するものです。
論文情報
Halogen abundance evidence for the formation and metasomatism of the primary lunar crust.
Jing, J. J., Berndt, J., Kuwahara, H., Klemme, S., & van Westrenen, W.
(2025). Nature Communications (10.1038/s41467-025-60849-4).
助成金等
- Japan Society for the Promotion of Science Postdoctoral Fellowship (No. P23318)
- Dutch Research Council Vici grant (No. 865.13.006).
図表等
問い合わせ先
氏名 : Jiejun Jing
電話 : 089-927-8165
E-mail : jing.jiejun.aa@ehime-u.ac.jp
所属 : 愛媛大学先端研究院地球深部ダイナミクス研究センター・日本学術振興会外国人特別研究員
