磁性物質に居候する、一見、怠けているような電子の重要な役割を発見
磁性に寄与しない価電子による量子臨界性
【研究のポイント】
・磁性を示す半導体における価電子の状態を、磁場を用いず、「光」で探索
・磁性に寄与しない半数の価電子は超伝導体に類似し、全価電子は低温で異常性を示す物質に類似
・磁性研究の新しい手法により、量子論で予想される特異な磁性と伝導性の解明・応用へ
【研究の概要】
価電子には、電気を運ぶ役割(電気伝導性)と磁石の役割(磁性)があります。当初、私たちは三角形の頂点に価電子が並ぶ結晶に注目し、磁性を示す半導体において、価電子のスピン(磁極)の配列を光で追跡していました。しかし、磁性に直接寄与しない価電子が約半数存在することを発見しました。この磁性に寄与しない価電子は二個一組で弱く結びつき、超伝導体に近い性質を持つことが判明しました。さらに、全ての価電子を視野に入れると、極低温においてスピンの向きが定まらない量子スピン液体に近い状態になることが分かりました。この「怠けているように見える」価電子が、量子論に関連する電子の性質を決める重要な役割を担っていることが明らかになりました。
【序】伝導性や磁性を示す分子結晶は、不純物などの濃度が低いため、結晶中に天文学的な数だけ存在する価電子の性質を解明する手がかりとなってきました。例えば、価電子を持つ分子と持たない分子が規則的に並ぶ状態(電荷整列)と超伝導との関連を示した研究や、絶対零度に迫る温度でも電子スピンの向きが定まらない(量子スピン液体)場合に関する研究など、分子結晶は量子論と結び付けて電子の本質を調べるために大いに役立っています。さらに、価電子が量子的な性質を帯びる際、わずかな刺激で伝導性や磁性が変化する(創発物性)ことが予測され、新しい物質の機能を探索するうえで注目されています。
しかし、磁性を示す分子結晶において、ほとんどの価電子が磁性に寄与するのか明らかではなく、そのため量子性や創発物性の研究も十分には進んでいません。そこで、研究グループは超伝導体や量子スピン液体の研究と同様に、光を用いて価電子の並び方や分布を調べました。
【手法】(C₂H₅)(CH₃)₃As[Pd(C₃S₅)₂]₂という組成で表される結晶では、[Pd(C₃S₅)₂]₂という分子が三角形の頂点に位置し、各頂点に1個の価電子が「形式的」に割り振られています。実際の割り振りは実験によって調べました。シンクロトロン赤外光、および、近赤外・可視レーザー光を結晶に照射すると、分子の振動が促されます。この振動数を解析することで、どの分子に価電子が存在するのか、価電子が移動可能な範囲、分子間の相対距離が一定か否かなどの詳細な情報が得られます。これにより、価電子の並び方を調べました。
【結果】表題物質は磁性物質と考えられていましたが、極低温では価電子の約半数は磁性に寄与せず、ペアを形成することが判明しました。このペアは電荷整列状態が揺らぐことで、超伝導状態に近い性質を示しました。温度が低下するにつれペア数は増加し、飽和した後に残りの価電子が反強磁性を形成しました。極低温では、磁性に寄与する電子としない電子が混在して固定されます。この混在した状況は、スピン液体と目される類縁体において、価電子の並び方が一時停止したような状態に近いことが分かりました。
【波及効果】本研究により、超伝導だけでなく、磁気抵抗やスピントロニクスの候補物質においても、磁性に寄与しない価電子がもたらす隠れた特性を探索する余地が示されました。また、磁性とは無縁の超伝導体と磁性に関連する超伝導体の間にある「ミッシングリンク」の解明にもつながる可能性があります。
論文情報
Charge and valence bond orders in the spin-1/2 triangular antiferromagnet
Takashi Yamamoto, Takashi Fujimoto, Yasuhiro Nakazawa, Masafumi Tamura, Mikio Uruichi, Yuka Ikemoto, Taro Moriwaki, HengBo Cui, and Reizo Kato
Phys. Rev. B 110, 205126 – Published 12 November, 2024
助成金等
- JSPS科研費 15K05478, 19K05405, 16H06346, and 23K04691
図表等
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三角格子の反強磁性体分子結晶における価電子の分布
(C₂H₅)(CH₃)₃As[Pd(C₃S₅)₂]₂結晶に対し、磁場を使用せず軌道放射赤外光や近赤外・可視レーザーを照射して価電子の応答を観測しました。その結果、反強磁性に寄与する価電子と、電荷整列および格子変形を伴う弱いペアを形成する価電子が、それぞれ約半数存在することが明らかになりました。本研究で明らかにした価電子の配列を既報のスピン液体や超伝導体と比較することで、重要な類似点が見出されました。
credit : 山本貴(愛媛大学)
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