男性ホルモンが骨格筋を制御する新たなメカニズムを解明
間葉系前駆細胞で発現する男性ホルモン受容体を介して骨格筋の量を制御
【研究のポイント】
・男性ホルモン受容体が、骨格筋の間葉系前駆細胞で発現している。
・間葉系前駆細胞で男性ホルモン受容体を欠損させると、骨格筋の重量が減少する。
・間葉系前駆細胞の男性ホルモン受容体は、インスリン様成長因子(IGF1)の発現を制御して、骨格筋の重量を調整している。
【研究の概要】
愛媛大学プロテオサイエンスセンター病態生理解析部門の酒井大史特任講師、今井祐記教授らの研究グループは、九州大学生体防御医学研究所の大川恭行教授、上住聡芳教授らとの共同研究により、男性ホルモン(アンドロゲン)が、骨格筋の間葉系前駆細胞に発現するアンドロゲン受容体(AR)を介して、骨格筋の量を制御していることを解明しました。男性ホルモンは、その名前の通り、男性の性的特徴(第二次性徴)の形成を促進する重要な役割を持っています。さらに、男性ホルモンは、アナボリックステロイドという別名が示す通り、タンパク質同化作用(アナボリック作用)を持っており、人体に投与すると骨格筋が肥大することが知られています。しかしながら、その作用機序に関しては不明な点が多くありました。今回の研究では、骨格筋の間葉系前駆細胞にARが発現していること、また間葉系前駆細胞特異的にARを欠損させると骨格筋の量が減少すること、さらにARがIGF1の発現を調整することで、骨格筋量を制御していることを明らかにしました。本研究は、男性ホルモンによる骨格筋制御の新たなメカニズムを提示しており、筋萎縮の予防・治療方法の開発につながることが期待されます。
男性ホルモン(アンドロゲン)は、その名前の通り、男性の性的特徴(第二次性徴)の形成を促進する重要な役割を持っています。加えて、男性ホルモンは、アナボリックステロイドという別名が示す通り、タンパク質同化作用(アナボリック作用)を持っており、男性ホルモンの投与が骨格筋の肥大を引き起こすことが知られています。さらに、男性ホルモンは、アンドロゲンレセプター(androgen receptor, AR)と呼ばれる受容体と結合することで、骨格筋を含む全身の組織において、遺伝子の発現を調整しています。しかしながら、男性ホルモンが、骨格筋のどの細胞を標的とし、どのような作用機序で骨格筋の重量を制御しているのか、不明な点が多く残されていました。そこで、本研究では、骨格筋の維持に重要な間葉系前駆細胞に着目し、男性ホルモン/ARがどのように骨格筋の重量を制御しているかを探索しました。
研究グループは、まず、蛍光免疫染色により、男性ホルモンの受容体であるARが、骨格筋の間葉系前駆細胞に発現していることを発見しました(図1)。そこで、間葉系前駆細胞特異的に、ARを欠損させるオスマウス(変異マウス)を作出し、その骨格筋を観察しました。その結果、対照マウスと比較して、変異マウスでは、体重の減少、後肢の骨格筋重量が減少しました(図1)。さらに、男性ホルモンの感受性が高いことで知られている会陰部骨格筋の重量を測定すると、14週齢、6ヶ月齢、28ヶ月齢のマウスにおいて、顕著に重量が減少していました(図1)。
この減少の原因をさらに探索するために、対照マウスと変異マウスの会陰部骨格筋から間葉系前駆細胞を採取し、RNAシークエンスを実施しました。その結果、変異マウスでは、骨格筋の量を調整するタンパク質であるインスリン様成長因子(IGF1)の発現が減少していました(図2)。さらに、この遺伝子発現変化の原因を探索するために、対照マウスと変異マウスの後肢骨格筋から間葉系前駆細胞を採取し、CUT&RUNを実施しました。その結果、ARが、IGF1遺伝子の上流にあるアンドロゲン応答配列(ARE)に結合し、その発現を制御していることが明らかとなりました(図2)。最後に、間葉系前駆細胞におけるAR欠損によるIGF1の減少が、会陰部骨格筋量の減少の直接的原因になっているかを確認するため、変異マウスの会陰部骨格筋にIGF1を注射しました。その結果、生理食塩水を注射された変異マウスと比較して、IGF1を注射された変異マウスの会陰部骨格筋量は減少しませんでした(図2)。
以上の結果から、男性ホルモンは、骨格筋の間葉系前駆細胞に発現しているARを介して、IGF1の発現を調整し、骨格筋の重量を制御していることを解明しました(図3)。今回の発見により、男性ホルモンとIGF1の適切な組み合わせが、加齢により骨格筋の重量が減少するサルコペニアの新たな治療方法の開発につながる可能性が示唆されます。
論文情報
The androgen receptor in mesenchymal progenitors regulates skeletal muscle mass via Igf1 expression in male mice,
Hiroshi Sakai, Hideaki Uno, Harumi Yamakawa, Kaori Tanaka, Ikedo, Akiyoshi Uezumi, Yasuyuki Ohkawa and Yuuki Imai,
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 121 (39) e2407768121,
doi:10.1073/pnas.2407768121, 2024 (September 18).
助成金等
- JSPS科研費 JP21K17568, JP22H03203
- 武田科学振興財団
- 「地方協奏による世界トップクラスの研究者育成(HIRAKU-Global)」(文部科学省「世界で活躍できる研究者戦略育成事業」プログラム)
- 九州大学高深度オミクス医学研究拠点整備事業、共同利用・共同研究システム形成事業~学際領域展開ハブ形成プログラム~ JPMXP1323015486
図表等
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【図1】間葉系前駆細胞におけるAR欠損マウス
A. 骨格筋の周囲を取り囲むLaminin、間葉系前駆細胞を示すPDGFRαと、ARとの蛍光免疫染色。矢印は、ARを発現する間葉系前駆細胞、矢頭は、ARを発現する骨格筋細胞を示す。 B. 14週齢の体重ならびに後肢の骨格筋重量と、14週齢、6ヶ月齢、28ヶ月齢のマウスにおける会陰部骨格筋重量。
credit : 酒井大史、今井祐記、愛媛大学
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【図2】間葉系前駆細胞でのARによるIGF1の制御
A. RNAシークエンスで得られたIgf1の発現量。 B. CUT&RUNによって解明された、Igf1遺伝子の上流にあるARE(2箇所)に結合しているARの位置。 C. IGF1を注射した会陰部骨格筋のLaminin蛍光免疫染色。 D. IGF1を注射した会陰部骨格筋の重量(左)ならびに断面積(右)。
credit : 酒井大史、今井祐記、愛媛大学
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【図3】ARによる骨格筋制御機構の概念図
本研究で明らかとなった、間葉系前駆細胞におけるARの発現と、ARによるIgf1発現制御、ならびにIGF1による骨格筋量の制御。BioRenderにより作成。
credit : 酒井大史、今井祐記、愛媛大学
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問い合わせ先
氏名 : 酒井 大史
電話 : 089-960-5925
E-mail : sakai.hiroshi.wh@ehime-u.ac.jp
所属 : 愛媛大学プロテオサイエンスセンター病態生理解析部門