初期宇宙に存在した巨大ブラックホールの探索

【研究のポイント】
・すばる望遠鏡による探査観測で、初期宇宙に存在したクエーサー22個が新たに発見された。
・存在数密度の計測から、巨大ブラックホールの急速な出現の様子が捉えられた。
・宇宙再電離と呼ばれる宇宙空間の相転移に関し、クエーサー放射の寄与は僅かであることが明らかになった。

【研究の概要】
太陽の100万倍以上の質量を持つ巨大ブラックホールは、現在の宇宙には普遍的に存在し、宿主である銀河と共生関係にあることが分かっています。今回、すばる望遠鏡を用いた探査観測により、初期宇宙に存在した「クエーサー」と呼ばれる天体22個が新たに発見されました。クエーサーは、吸い込まれつつある物質の重力エネルギー解放により、周辺領域が発光している巨大ブラックホールのことです。存在数密度の計測から、ビッグバンのあと10億年以内の若い宇宙で、巨大ブラックホールが急速に形成・出現する様子が捉えられました。今後理論モデルとの比較によって、巨大ブラックホールの起源を紐解くための重要な観測結果です。また「宇宙再電離」と呼ばれる初期宇宙の相転移現象に、クエーサーが僅かなエネルギー寄与しかしていないことも明らかにされました。

現在の宇宙には、太陽の100万倍から100億倍の質量を持つ「巨大ブラックホール」が普遍的に存在します。しかし、それらが138億年の宇宙の歴史の中で、いつ、どこで、どのように形成されたのかは未だ明らかにされていません。 近年の観測から、ほとんど全ての銀河が中心核に1つずつ巨大ブラックホールを宿すこと、それらの質量はいつも宿主銀河の約1000分の1であることが分かってきました。 この観測事実は、銀河と巨大ブラックホールが密接な関係のもとに成長してきたことを意味しており、両者の「共進化」とも呼ばれます。このため巨大ブラックホールの起源を解き明かすことは、それ自身の重要性に加えて、宇宙の主要な構成要素である銀河の形成プロセスを理解するためにも不可欠です。
巨大ブラックホールの起源を紐解く鍵は、初期宇宙(ビッグバンから10億年未満に当たる幼少期の宇宙)にあります。 光の速度が有限であるため、遠い宇宙を観察することで、私たちはそのような遠い過去を直接見ることができます。宇宙誕生後わずか10億年未満の時代に、巨大ブラックホールはすでに存在していたのでしょうか? ブラックホールがそれほどの短期間に、太陽の100万倍を超えるような巨大な質量を蓄えることは可能でしょうか? もしも可能なら、どのような物理メカニズムが働いているのでしょうか? これらの疑問に答えることで巨大ブラックホールの起源を紐解くことができますが、そのためには観測を行い、その結果を様々な理論モデルと比較する必要があります。 しかし観測のためには、まず地球から見上げた夜空の中で、どこに初期宇宙の巨大ブラックホールがあるのかを見つけ出さなければなりません。
今回の研究には、米国ハワイ州のマウナケア山頂にあるすばる望遠鏡を使用しました。すばるの最大の特長は高感度での広視野観測能力であり、私たちの目的に最適です。巨大ブラックホールは真っ黒ですが、吸い込まれる周辺物質が重力エネルギーを解放することで外縁部が発光する「クエーサー」という特殊な種族があります。私たちはその発光を目印として、満月の5000倍に相当する広い天域を観測し、初期宇宙に存在するクエーサー162個を発見することに成功しました。 特にそのうち22個は、宇宙が誕生してから 8 億年未満の時代に存在しており、人類の知る最古のクエーサー群となっています。 これらの発見により、クエーサーの空間密度を放射エネルギーの関数として記述する最も基本的な統計量、「光度関数」を決定することができました。 その結果、クエーサーが初期宇宙において急速に形成されつつある一方で、光度関数の全体的な形状は経過時間に対して不変(相似)であることが明らかになりました。 この特徴的な光度関数のふるまいは、最終的にすべての観測を再現すべき理論モデルに強い制約を与えるもので、巨大ブラックホールの起源の解明に一歩近づく画期的な成果です。
一方、宇宙はその初期に「再電離」と呼ばれる大きな相転移を経験したことが知られています。銀河間空間(正確に言うと、その主要構成要素である水素原子群)が何らかの理由で全体的に電離され、その状態は現在の宇宙まで続きます。このような巨大な電離現象を引き起こしたエネルギー源については長年議論が続いており、クエーサーからの放射が有力候補の1つと考えられてきました。そこで私たちは今回決定された光度関数を積分することで、初期宇宙のクエーサー群が一辺1光年の単位体積あたり、1秒に1028個の高エネルギー光子を放出していることを突き止めました。 これは、当時の銀河間空間の電離状態を維持するために必要な光子数のわずか1%にも満たない量です。このことから、宇宙再電離へのクエーサーの寄与はわずかであることが判明しました。主要なエネルギー源は他の天体種族であり、最近の他の観測から、形成中の銀河に含まれる高温の大質量星群ではないかと考えられます。

参考 URL1: https://iopscience.iop.org/article/10.3847/2041-8213/acd69f

論文情報

Quasar Luminosity Function at z = 7, Yoshiki Matsuoka, Masafusa Onoue, Kazushi Iwasawa, and
41 co-authors, The Astrophysical Journal Letters, 949, L42, doi: 10.3847/2041-8213/acd69f, 2023 (June 1)

助成金等

  • JSPS科研費17H04830, 21H04494
  • 三菱財団 自然科学研究助成 30140
  • National Natural Science Foundation of China (12073003, 11991052, 11721303, 12150410307, 11950410493)
  • China Manned Space Project Nos. CMS-CSST-2021-A04 and CMS-CSST-2021-A06
  • Grant PID2019-105510GB-C33 funded by MCIN/AEI/10.13039/ 501100011033 of Spain
  • “Unit of excellence María de Maeztu 2020–2023” awarded to ICCUB (CEX2019-000918-M) of Spain

図表等

  • クエーサーの想像図

    クエーサーの想像図

    巨大ブラックホール(中心の小さな黒点)に、周辺物質が渦を巻きながら吸い込まれていきます。渦の中で物質の重力エネルギーは光に変換され、宇宙空間に放射されます。このようにして外縁部が発光する巨大ブラックホールを「クエーサー」と呼びます。

    credit : 松岡 良樹
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  • すばる望遠鏡が捉えた、遠方クエーサーの光

    すばる望遠鏡が捉えた、遠方クエーサーの光

    すばる望遠鏡で撮影した天体写真の例。拡大図の中心に写る赤い小さな点が、私たちが見つけた遠方クエーサーの光です。このクエーサーは地球から130億光年の彼方、宇宙誕生からわずか8億年の時代に存在します。

    credit : 国立天文台
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  • 初期宇宙におけるクエーサーの光度関数

    初期宇宙におけるクエーサーの光度関数

    光度関数は、放射エネルギーの強さ(横軸のM1450; 絶対等級と呼ばれる値で記述)ごとに天体の空間密度(縦軸のΦ)を表す関数です。ここには、宇宙誕生から0.8 (赤)、0.9 (緑)、1.2 (青)、1.5 (黒) 億年で測定されたクエーサーの光度関数が示されています。クエーサーの空間密度は時間の経過とともに急速に上昇していますが、光度関数の全体的な形状はほぼ不変(相似)です。

    credit : The Astrophysical Journal Letters, 949, L42, 2023
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問い合わせ先

氏名 : 松岡 良樹
電話 : 089-927-9579
E-mail : yk.matsuoka@cosmos.ehime-u.ac.jp
所属 : 愛媛大学宇宙進化研究センター