有害化学物質によるペットのネコへの健康影響

残留性有機汚染物質への曝露が血中甲状腺ホルモンレベルを低下させ、慢性的な酸化ストレスを引き起こす

研究のポイント
・日本のペットネコはキャットフード由来のPCBsとハウスダスト由来のPBDEsに汚染されている。
・PCBs、PBDEsの曝露がペットネコの血中甲状腺ホルモンレベルを低下させている可能性がある。
・PCBsの曝露がペットネコに慢性的な酸化ストレスを引き起こしている可能性がある。

愛媛大学沿岸環境科学研究センター、愛媛大学大学院農学研究科、北海道大学獣医学研究院の共同研究チームは、これまでの研究で、日本のペットネコが海産物を主原料とするキャットフードの摂餌により、慢性的にポリ塩化ビフェニル(PCBs)に曝露されていること、毛づくろい(グルーミング)によりハウスダスト中に含まれるポリ臭素化ジフェニルエーテル(PBDEs)に高曝露されていることを明らかにしてきました。しかし、それら汚染物質によるネコの健康への影響は明らかになっていません。
本研究では、日本のペットネコを対象に有機ハロゲン化合物(OHCs)曝露による健康影響に焦点を当てました。ネコ血清中PCBs、PBDEs濃度と甲状腺ホルモン濃度との間に有意な負の相関が認められ、OHCsの曝露がネコの血中甲状腺ホルモンレベルを低下させている可能性を示しました。さらに多変量解析ツールで血清中のメタボロームデータとOHCs曝露レベルとの関係を解析した結果、親化合物(PCBsおよびPBDEs)とその水酸化体(OH-PCBsおよびOH-PBDEs)の血清中残留レベルが、それぞれ独自にネコの代謝活動に影響を与えていることが明らかとなり、汚染物質により異なる毒性影響が示唆されました。とくにPCBsはグルタチオン代謝やプリン代謝を含む多くの代謝経路に影響を及ぼしていることが示され、PCBsの曝露がペットのネコに慢性的な酸化ストレスを引き起こしていることが示されました。酸化ストレスはがんや心筋こうそく、生活習慣病と深く関連しており、今後は汚染物質曝露とネコの疾病との関連についての解明が必要です。

ペット動物はヒトと生活圏を密接に共有することから、化学物質への恒常的曝露が懸念されています。イエネコ(Felis catus)の飼育率は増加の一途を辿っており、日本では2017年にイヌの飼育率を超え、主要なコンパニオンアニマルとなりました。しかしイエネコは、グルクロン酸抱合を担うUDP-グルクロン酸転移酵素の一部欠損が知られており、化学物質に対する代謝・排泄能が他の陸棲哺乳類に比べて低いことが知られており、有害化学物質曝露によるペット動物の健康影響に注目が集まっています。
とくに有機ハロゲン化合物(OHCs)であるポリ塩化ビフェニル(PCBs)とポリ臭素化ジフェニルエーテル(PBDEs)は、その環境残留性と生物蓄積性が高いため、コンパニオンアニマルへの影響が懸念されます。ペットネコは魚介類を原料とするペットフードの摂餌と毛づくろい(グルーミング)によるハウスダストの直取により、高濃度のPCBsやPBDEsに曝露されていることは、これまでの研究で明らかになっていますが、これら汚染物質曝露によるネコの健康への影響は明らかになっていません。
本研究では、動物病院の協力の下、日本で飼育されているペットネコの血清50匹を収集し、PCBsおよびPBDEs、その水酸化体(OH-PCBs、OH-PBDEs)の濃度を測定するとともに、研究グループがこれまでに開発している高感度・高精度な甲状腺ホルモン(THs)濃度の測定法を用いて、総THsおよび遊離型THsを分析することで血清中汚染レベルとTHs濃度との関係を解析しました。
その結果、血清中THs濃度は、猫の年齢、性別、および体重と有意な相関関係はありませんでしたが、PCBs、PBDEs、およびOH-PBDEs濃度と総THsおよび遊離THs濃度との間に有意な負の相関が示されました。そこで、THsレベルに影響を与える汚染物質の中で、最も影響が大きい化学物質を推定するために、PLS(部分的最小二乗回帰)解析により各THsに対する各有害化学物質の影響率を計算しました。 その結果、PBDEsの10臭素化体であるBDE209は総THsのL-thyroxine (T4)、3,5,3′-triiodo-L-thyronine (T3)、3,3′,5′-triiodo-L-thyronine (rT3)と、遊離型THs のfree T4、free T3濃度と関連しており、ハウスダスト中に高濃度で含まれるBDE209への曝露がネコの甲状腺ホルモン恒常性をかく乱している可能性が示されました。
次にペットネコに対する毒性影響を網羅的に調査するため、血清中の親水性メタボロームを測定し、多変量解析ツールでOHCs曝露レベルとの関係を解析しました。メタボロームとは、生物が生命維持のために活動する際に産出する様々な代謝産物の総称です。代謝物は遺伝子発現情報過程の最も下流の結果であるため,遺伝子(ゲノム)やタンパク質(プロテオーム)と比較して,生物学的な表現型であり、生命現象を直接反映していると言えます。そのため,メタボロミクスは毒性学分野でも幅広く利用されています。
分析の結果、親化合物(PCBsおよびPBDEs)とその水酸化体(OH-PCBsおよびOH-PBDEs)が、それぞれ異なる代謝産物と関連していました。これらの結果は、PCBsとPBDEs、あるいはその水酸化体がそれぞれ異なる毒性を示しており、独自にネコの代謝活動に影響を与えていることを示唆します。PCBsは14種類のメタボローム(posi: 9種類、nega: 5種類)と有意な相関を示し、OH-PCBsでは17種類(posi: 12種類、nega: 5種類)、PBDEsでは17種類(posi: 15種類、nega: 2種類)、OH-PBDEsでは12種類(posi: 10種類、nega: 2種類)が有意な相関がありました。
これらメタボロームのEnrichment解析を実施した結果、PCBs曝露では、グルタチオン代謝経路の抑制、グリセロ脂質代謝、フェニルアラニン・チロシン生合成への関与が推察されました。PBDEsではアミノ酸、プロリン・アルギニン代謝への影響、OH-PBDEsではペントースリン酸回路、ヒスチジン代謝系、プリン代謝系等の中心炭素代謝への影響が推察されました。
とくに、PCBs曝露レベルと関連の強いメタボロームに注目すると、Glutathione (GSH)およびGlutathione disulfide (GSSG)の抑制が認められました。通常、酸化ストレスを受けていない細胞では、GSHの濃度は優位であるが、酸化ストレスを受けることでGSHの濃度が減少し、GSSGの割合が上昇することが知られています。また、GSHの許容量を超える活性酸素種(ROS)が発生した場合は、新たにGSHが合成される為、GSHとGSSGの濃度が共に上昇します。しかし、ネコに対するPCBsの曝露では脱水素酵素補酵素の産生が撹乱され、GSSGからGSHへの還元能力が低下したことが示唆されました。PCBs曝露レベルとGSHおよびGSSGとの間に強い負の関係がみられたことから、GSSG及びGSHの減少は、PCBs曝露を鋭敏に反映するメタボロームマーカーであると推察されます。また、PCBsおよびOH-PCBsと関連の強かったメタボロームに注目すると、チロシン代謝およびカテコールアミン生合成過程への影響が認められました。チロシンは甲状腺ホルモン(T4、T3)の前駆体であることから、チロシン生合成の活性化は、PCBs曝露により減少した甲状腺ホルモンレベルに対するネガティブフィードバックを反映しているかもしれません。今後、甲状腺ホルモン生成過程におけるPCBs曝露の影響について詳細に解析を進める必要があります。PCBs曝露による酸化ストレスはがんや心筋こうそく、生活習慣病と深く関連しており、今後はPCBs曝露とネコの疾病との関連についての解明が必要です。

参考 URL1: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0048969722035872

論文情報

Health impact assessment of pet cats caused by organohalogen contaminants by serum metabolomics and thyroid hormone analysis,
Kei Nomiyama, Yasuo Yamamoto, Akifumi Eguchi, Hiroyuki Nishikawa, Hazuki Mizukawa, Nozomu Yokoyama, Osamu Ichii, Mitsuyoshi Takiguchi, Shouta M.M.Nakayama, Yoshinori Ikenaka, Mayumi Ishizuka,
Science of The Total Environment, 842, 156490, 2022,
doi.org/10.1016/j.scitotenv.2022.156490

助成金等

  • 日本学術振興会 科学研究費助成事業(科研費)基盤研究(B) (16H02989)
  • 日本学術振興会 科学研究費助成事業(科研費)挑戦的研究(萌芽) (19K22933)

図表等

  • 本研究の概要

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氏名 : 野見山 桂
電話 : 089-927-8196
E-mail : nomiyama.kei.mb@ehime-u.ac.jp
所属 : 愛媛大学沿岸環境科学研究センター