地球マントルにおける水循環

第一原理計算による含水鉱物H相の分解相境界の決定

含水H相は地球深部において沈み込むプレート中に存在し、下部マントルへ水を運搬する重要な鉱物であると考えられている。このH相は下部マントル中部以深の超高圧下で分解し、水を放出すると予想されていた。しかし、その分解する温度や圧力についてはこれまで正確に決定できていなかった。この研究ではH相が分解する温度圧力条件を量子力学に基づく第一原理電子状態計算法を用いて決定した。その結果H相は温度1000 K(ケルビン)では60 GPa (ギガパスカル=109 パスカル)で分解することが示された。すなわち、沈み込むプレート中の含水H相による水の運搬は地球の深さ1500kmで終焉することを示している。

地球深部における水の存在は地球のダイナミクスを考えるうえで重要である。なぜなら、水は地球マントルを構成する岩石の物理的性質を大きく変えることが知られているからである。例えば融点(=マグマを生成する温度)や電気伝導度、プレートテクトニクスに関わるような岩石の流動特性などは水の存在によって極端に変化する。地球深部への水の運搬は主に沈み込む冷たいプレート中に存在する含水鉱物が担うと考えられている。含水鉱物とは、結晶構造中に水酸基(OH)の状態で水(H2O)を含む物質で、蛇紋石や雲母、粘土鉱物などがよく知られている。ほとんどの含水鉱物は地球の深さ40-100kmで高圧・高温の条件にさらされるため分解して水を放出するとされている。放出された水はマグマを生成し、日本列島のような島弧火山を形成する原因になっている。

しかし近年、いくつかの高密度含水マグネシウムケイ酸塩(DHMS =Dense Hydrous Magnesium Silicate)と呼ばれる含水鉱物は、沈み込む冷たいプレート中ではより深い場所でも分解せずに存在できるということがわかってきた。DHMSは圧力条件などにより結晶構造が変化し、それぞれA相、B相、D相のように名付けられたため、アルファベット相とも呼ばれている。

2013年、愛媛大学の土屋旬によってこれまでDHMSの中でも最も高い圧力で存在できると考えられていたD(化学組成MgSi2O6H2)が圧力約40 GPa(ギガパスカル=109パスカル)において新たなDHMSに相転移する可能性が指摘され、2014年愛媛大学の西らの実験グループによってそれが実証された。新たに見つかったDHMSH相(化学組成MgSiO4H2)と名付けられた。土屋の理論計算では、このH相はさらなる高圧下でも新たなDHMSには相転移せず、水を放出して無水鉱物MgSiO3へ分解することを示した。すなわちH相はDHMSの中で最も高圧力条件まで存在できる鉱物である。

理論計算によって下部マントル(深さ660kmから2900kmの領域)の中ほどでH相の分解が起こるとされてきたが、その正確な温度や圧力条件はよくわかっていなかった。なぜなら実験で細かく温度圧力条件を変化させて分解現象を調べることは技術的に難しく、理論計算においても、分解の際に生じる水(H2O)のギブス自由エネルギーという量を見積もる必要があるが、これが困難であったからである。H相の分解によって生じるH2Oは固相(氷VII相)であるが、この相では水素がいくつかの結晶位置に無秩序に分布するため、理論的に取り扱うのが難しい。

本研究では、氷VII相のギブス自由エネルギーを量子力学に基づく第一原理電子状態計算法を駆使して見積り、H相の分解相境界を決定した。氷VII相中の水素の無秩序配置を考慮するため、多くの水素配置パターンを計算し統計力学に基づいて氷VII相のギブス自由エネルギーを決定した。その結果、H相は温度1000 Kにおいて約62 GPaで分解することが示された。これは地球の深さ1500 kmに相当する。つまりDHMSによる水の運搬は下部マントルの中ほどで終焉することが示された。この結果は地球深部における水の循環を考えるうえで重要な示唆を与える。

参考 URL:https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1029/2019GL083472

論文情報

【掲載誌】Geophysical Research Letters, 46, 7333-7336 (2019)

【題名】First-principles determination of the dissociation phase boundary of phase H MgSiO4H2( 第一原理計算によるH (MgSiO4H2)の分解相境界の決定)

【著者】Jun Tsuchiya and Koichiro Umemoto (土屋旬・梅本幸一郎)

DOI】doi:10.1029/2019GL083472

助成金等

  • JSPS科研費: JP15H05834, JP17K05627
  • 文部科学省:ポスト「京」萌芽的課題「基礎科学の挑戦-複合・マルチスケール問題を通した極限の探求」

図表等

  • 地球内部に存在する含水鉱物

    地球内部に存在する含水鉱物

    沈み込むプレート中に存在する含水鉱物が水を地球深部へと運搬する。

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  • 含水H相の安定温度圧力条件

    含水H相の安定温度圧力条件

    赤太線がH相の分解相境界を示す。

    credit : 愛媛大学
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問い合わせ先

氏名 : 土屋 旬
電話 : +81899278152
E-mail : junt@ehime-u.ac.jp
所属 : 地球深部ダイナミクス研究センター