コケをまねるイモムシの進化のからくりにせまる

体をおおうやわらかいツノは多芸な構造物

愛媛大学大学院理工学研究科 今田弓女助教は、「生物の多様なかたちは、環境や他生物との関わりのなかでいかに方向づけられてきたか」という生物学上の問いに切り込むため、植物に巧妙に擬態する昆虫の生態、形態とその機能を解明しました。コケ類を食べるシリブトガガンボ亜科(ハエ目)昆虫の幼虫は、あまりにコケに似た姿ゆえに採集が困難で、ほとんどの種の幼虫が未知でした。本研究では、長年の調査のすえ、本亜科の58種の幼虫を発見、記載し、その生態と形態を解明しました。幼虫のコケ擬態には「肉質突起」という"柔らかいツノ"が関わり、その形は種ごとに異なり、生息環境や食草と深く関連していることが判明しました。さらに、肉質突起の一部はチョウ類の腹脚に似て発達した筋肉を内部にもち、幼虫の運動に関与することを発見しました。元来は地中にいたものが陸上の植物食者となるのに伴って、陸上生活に適した運動性を獲得したり、多くの天敵から身を守る必要があったと考えられます。柔らかいツノのような不可思議な構造はほかの昆虫の幼虫にもみられますが、それが多面的な役割を果たしうることを示した世界で初めての例といえます。

【研究の背景】
多くの生物は、色や形によって周囲の環境に溶け込むような姿形をもつ「隠蔽擬態」によって、視覚的に狩りをする捕食者(鳥など)の目を逃れています。生物の擬態は適応進化の魅力的な例として歴史的に盛んに研究されてきました。そのほとんどは、体色や模様に注目しています(枯葉に擬態するコノハチョウなど)。一方、擬態には物理的な構造物(突起など)も関わると考えられますが、そうした構造物の役割に焦点を当てた研究は過去にほとんど例がありません。

「シリブトガガンボ亜科」という昆虫の幼虫の姿はほかのガガンボ類(注1)と大きく異なり、植物に巧妙に擬態しています。とくにコケ上にすむ幼虫は、植物に溶け込みやすい体色だけでなく、「肉質突起」とよばれる柔らかいツノのような構造物をもっています(図1)。しかし、精巧な擬態ゆえに幼虫の採集は難しく、本群を扱った研究は過去半世紀ほどありませんでした。本研究では、「生物のさまざまな色や形が環境と他生物(餌生物や天敵)との関係のなかでどのように方向づけられているか?」という生物学上の普遍的な問題に切り込むため、本群の昆虫がいかにコケなどの植物と関わり、それに擬態しているかを調べました。

(注1) ガガンボ類:ハエやカの仲間のなかで初期に出現した昆虫で、成虫は大きなカのような姿をしています。一般に、ガガンボ類の幼虫は脚をもたない「ウジ虫型」で、土や落ち葉の下、水中などの目立たない環境に生息します。

【成果の内容】
今田弓女助教(愛媛大学大学院理工学研究科)は、約10年間にわたる野外での探索のすえ、日本および北米に分布する58種の幼虫の発見・記載し、その生活史を解明しました。その上で、幼虫の飼育、行動・形態観察から、(1)幼虫の形態は生息環境などと関連しているか、(2)肉質突起はどんな役割を果たすかを解明しました。

1)生態と形態の関連性:本群の幼虫はすべて植物食者で、コケまたは被子植物を食べ、陸上から水中まで多様な環境に住んでいました。食性の異なる種間では、形態(体色、模様、肉質突起)と行動習性が異なっていました。このことから、一連の形態・行動の違いは、異なる天敵のいる環境への適応である可能性が示唆されました。とくに陸生コケ食者は、複雑に発達した肉質突起と模様パターンによって周囲のコケの陰影や輪郭を真似ることで、視覚の優れた天敵の目をごまかしていると考えられます(図2)。
2)擬態に関わる肉質突起の多面的な機能の発見:陸生コケ食者の運動性と内部構造を調べた結果、体の側面にある突起は、内部に筋肉が発達し(図3)、チョウ類の幼虫の「腹脚」のような構造をなしており、それを前進する際の運動に役立てていることを初めて発見しました。これらの突起は、湿っていて足場の不安定なコケの上を這いまわるのに適した構造と考えられます。

【今後の展望】
柔らかいツノの役割:柔らかいツノのような構造は多くの昆虫の幼虫に見られますが、そのほとんどについて機能は分かっていません。こうした構造物の役割を探ることで、多様な環境に進出した昆虫の生存戦略にせまることができます。
コケ擬態のパラドックス:シリブトガガンボ類の巧妙なコケへの擬態は、視覚の優れた捕食者がいたために進化したと考えられますが、そうした天敵は未知です。この一見パラドキシカルな進化の謎を解くには、天敵との関係を明らかにする必要があります。

【ポイント】
・陸上で植物を食べる昆虫では、生態、行動、形態などのさまざまな適応が進化した。
・昆虫の幼虫のもつ柔らかいツノのような構造が、天敵からの保護や運動といった多面的な機能を同時にもちうることを世界に先駆けて発見した。
・昆虫による植物への精巧な擬態が周囲の環境や他生物との関係と深く結びついていることを、長年の調査で解明した。

参考 URL:https://academic.oup.com/zoolinnean/advance-article-abstract/doi/10.1093/zoolinnean/zlaa177/6048384?redirectedFrom=fulltext

論文情報

Moss mimesis par excellence: integrating previous and new data on the life history and larval ecomorphology of long-bodied crane flies (Diptera: Cylindrotomidae:Cylindrotominae), Yume Imada, Zoological Journal of the Linnean Society XX, 1–49. doi: 10.1093/zoolinnean/zlaa177, 2020 (December 25).

助成金等

  • 日本学術振興会 科学研究費助成事業 18H06077, 20K15852
  • 公益財団法人 旭硝子財団 環境フィールド研究 藤原グラント
  • 吉田育英会

図表等

  • コケを巧妙にまねるシリブトガガンボの幼虫

    コケを巧妙にまねるシリブトガガンボの幼虫

    (上)野外でコケのなかに溶けこんでいるミカドシリブトガガンボの幼虫(白矢印)。(下)ヒメシリブトガガンボの幼虫(頭部は向かって左側)。擬態を構成しているのは、体色(体液に由来する)、模様(体表の色素)、胸部から腹部にかけて体表を覆う多数の突起の3つである。

    credit : 今田弓女(愛媛大学)
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  • シリブトガガンボ幼虫の背面突起の多様な形

    シリブトガガンボ幼虫の背面突起の多様な形

    幼虫の体表にある背面突起の形態は生息環境の異なる種間で大きな違いがみられる。陸生でコケを食べる種(B–D)の背面突起は、被子植物を食べる種(A)よりも複雑である。水生種では、細長く発達する(E)。(A)シリブトガガンボ; (B)ホソシリブトガガンボ; (C)ミカドシリブトガガンボ; (D)クワナシリブトガガンボ; (E)Phalacrocera replicata

    credit : 今田弓女(愛媛大学)
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  • 幼虫の体の内部から見つかった側面突起の「筋肉」

    幼虫の体の内部から見つかった側面突起の「筋肉」

    腹部の内部構造の断面をみると、側面突起の内部にだけ筋肉がみられた。背面・腹面突起は体表のクチクラが発達するのみであった。幼虫の行動の観察とともに、側面突起の筋肉は幼虫が湿ったコケの上などを這いまわるときに運動に関わっていると示唆された。

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問い合わせ先

氏名 : 今田 弓女
電話 : 089-927-9632
E-mail : imada.yume.wp@ehime-u.ac.jp
所属 : 大学院理工学研究科